ここで少し、海洋科学掘削について知ってもらいたい。その歴史はほかの科学分野に比べると古くはない。1950年代後半、主に米国の研究者たちの、マントル上部と地殻下部の境界であると考えられている「モホロビチッチ不連続面(モホ面)」とは何であろうか? という疑問から始まった。それまで(現在でも)このモホ面は地震波探査や重力探査によって、その存在は認められているが、実際の状態を目にした人はまだいない。海洋地殻は大陸地殻と比べるとその厚さは薄く、海底を掘削するとこのモホ面へ到達できるのではないかと考えられた。こうして始まったのが「モホール計画」である。

 1961年に行われた掘削では、石油掘削船のカス1号を使って、水深3500メートルの海底を183メートルまで掘削し、海底下の岩石を採取することに成功した。この計画自体は、マネージメントの不備や予算問題から最初の目標には到達せずに頓挫したのだが、海底を掘削することによって、海洋掘削科学という新しい科学分野が立ち上がった。同時に、船を使って海底下を掘削するという技術が確立されたのも、この計画の産物であり、その後の海底下の石油・ガスの探査・開発に大いに貢献し、その技術は大きく発展し続けている。

 科学分野としての海洋科学掘削はその後、米国の科学プログラム「深海掘削計画(Deep Sea Drilling Project: DSDP)」として発展。世界中の海洋底下から岩石サンプルを採取し、海洋底拡大説を証明するなど、さまざまな成果を上げた。この1968年から83年にかけて行われたDSDPは、1976年以降、日本も参加した国際科学プログラムとなり、その後、1985年から2002年にかけて行われた「国際深海掘削計画(Ocean Drilling Program: ODP)」、そして、2003年から13年の「統合国際深海掘削計画(Integrated Ocean Drilling Program:IODP)」へと続いていった。

米国の海洋学者で、モホール計画の立役者の一人、ウォルター・ムンク教授が南海トラフで第338次航海中の「ちきゅう」を訪れた。1917年生まれと高齢だが、まだまだ意欲的に研究を続けている。船上では共同首席研究者の一人、ミッチー・ストラッサー博士から南海トラフ掘削の説明を受けた。「ちきゅう」がマントルを目指す話にも笑顔で耳を傾け、「楽しみにしている!」と一言。
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 僕がサイエンスマネージメントで参加し始めたのは、ODPからIODPへの移行期であることは、前回のブログで書いたとおりである。

 1回目の自己紹介で研究者志望からサイエンスマネージメントに心変わりをした話を少し書いた。当時、東京大学海洋研究所は中野にあった。夜になると、研究所の近所や新宿で教官・仲間たちとよく酒を飲んだものである。特によく飲んだ相手に、当時助手(今でいう助教)をしていた斎藤“サニー”実篤さんがいた。この人は、ODP時代から何回も科学掘削船に乗って、さまざまな海洋で研究を行っていた。

 ある夜、中野と新宿の中間あたりにあった「おいどん」という居酒屋で飲んでいたときである。ちょうど、前世紀の終わりにあたり、「ちきゅう」の建造がほぼ決まり、2003年からIODPが始まることがそろそろはっきりしてきて、「未来はバラ色」な頃である。「な、江口。次のプログラムは俺たちのものだよな!」といささか呂律の回らない口調で、斎藤さんが繰り返していたのを思い出す。それから十数年が経ち、二人ともそれだけ歳をとり、海洋科学掘削は次のIODPに入った。「お前がプログラムをマネージメントして、俺が研究をしよう!」と言った、あの「おいどん宣言」は実現したね、サニー! それに乾杯しながら、このブログのバトンを“サニー”こと、斎藤実篤さんに渡すことにしよう。(つづく)

江口 暢久(えぐち のぶひさ)

1995年琉球大学理学部大学院海洋学専攻終了。1999年に東京大学大学院理学系研究科を終了し博士号取得。その後、高知大学海洋コア研究センターで助手を務めたのち、2001~3年はJAMSTEC、2004~07年は統合国際深海掘削計画(IODP)の中央管理機関組織で、サイエンスコーディネーターとして活躍。2007年からはJAMSTEC地球深部探査センター(CDEX)で研究支援統括を務める。科学者や技術者など関係者からは親しみと尊敬をこめて“Nobu”と呼ばれている。「ちきゅう」のオペレーションを円滑に行い、実り多い成果を上げるために欠かせない存在だ。

地球深部探査船「ちきゅう」

2005年7月29日、建造完成。科学的調査や研究のために海底下7000メートルまで掘削することが可能。世界トップクラスの掘削能力を使って、地中深くからコアサンプルを採取し、地球の内部構造や巨大地震発生のメカニズム、生命誕生の謎などを解き明かそうとしている。2007年からは、日米が主導する統合国際深海掘削計画(IODP)の主力船として、南海トラフ地震発生帯や下北半島八戸沖の石炭層、東北地方太平洋沖地震の発生帯、沖縄熱水海底下の生命圏の掘削を実施してきた。究極の目標は、人類未踏のマントル到達だ。 全長:210メートル(新幹線約8両分)●幅:38メートル(フットサルコートの長さ)●船底からの高さ:130メートル(30階建てビル)●国際総トン数:56.752トン●最大乗船人員:200人●航海速力:12ノット(時速約22キロ)●航続距離:約14,800海里(27,410キロ)

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