重巡洋艦インディアナポリスは第二次世界大戦末期、原子爆弾の部品をテニアン島に届けたあと、旧日本軍の攻撃に遭い沈没する。沈没前、1195名が艦を脱出するが、救出されたのは、わずか316名だった。艦長は沈没の責任を追及され、また犠牲者たちの遺族から責められ、ついに自ら命を絶つ。艦長の名誉回復が実現したのは1999年のことだ。そして2017年、フィリピン海の海底でインディアナポリスがついに発見される。

■二カ国語
■60分

一部のエピソードをご紹介

最後の極秘任務と撃沈
インディアナポリスは、アメリカ海軍のポートランド級重巡洋艦である。1945年7月26日、広島、長崎へ投下予定の原子爆弾用の部品と核材料をテニアン島へ運んだ後、7月30日南太平洋上で日本の潜水艦の放った2発の魚雷に撃沈された。
第二次世界大戦で敵の攻撃により沈没した最後のアメリカ海軍水上艦艇。

沈没後
海へ投げ出された乗組員たちは、想像を絶する体験をしている。救命ボートなしで海に漂いながらサメに襲撃され、水、食料の欠乏と海上での体温の低下が原因でおこった幻覚症状、気力の消耗などで多くの者が命を落とした。
インディアナポリスは予定されていた寄港地に姿を現さなかったものの、米海軍はこれに気づかず捜索隊は出されなかった。しかし偶然にも通過した飛行機が洋上の彼らを発見。沈没から数日経過した8月2日に発見され、ようやく316名が救助された。

マクベイ3世艦長 (インディアナポリス艦長)
海軍軍人一家に生まれる。合衆国海軍兵学校の1920年度卒業生でもある。
ワシントンD.C.の統合参謀本部の共同情報委員会の議長を務めた後、第二次世界大戦の前半では戦闘における功績で銀星章を受章している。1944年11月にインディアナポリス艦長に着任してからは、1945年春には硫黄島の戦い、沖縄への艦砲射撃などの戦闘に参加している。そして運命の1945年7月、インディアナポリスが沈没してしまう。同年11月、マクベイ3世は軍法会議にかけられ、船を危険にさらしたとして有罪とされた。アメリカは第二次世界大戦の戦闘で約700隻の艦艇を失ったが、戦闘で撃沈された艦艇の艦長が軍法会議にかけられたのはマクベイ3世、ただ一人であった。このことでマクベイ3世の海軍でのキャリアは終わり、死んだ乗組員の遺族に責め立てられ1968年に自殺。しかし、彼の名誉は2000年に連邦会議によって回復されている。当番組では、そのいきさつを追う。

映画「ジョーズ」との繋がり
インディアナポリス沈没の悲劇から50年以上後、インディアナポリスの話が登場する映画「ジョーズ」をきっかけに、インディアナポリス撃沈事件に興味を持ったハンター・スコット(当時12歳)という少年がいた。彼の好奇心が、マクベイ3世の名誉が回復されるまでに至るのだが、そのいきさつは番組にて紹介されている。

★「悲劇のUSSインディアナポリスを探せ」の詳細は番組ページをご覧ください。 (外部サイトへリンクします。)

2019/12/24 更新