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アジャンター石窟の壁には、ブッダの過去世が描かれた絵画が多い。第1窟のこの絵は、俗世との決別を宣言したマハージャナカ王(釈迦の前世の一つ)が、僧衣を着る前に沐浴する場面を描いている。(PHOTOGRAPH BY BENOY BEHL/NATIONAL GEOGRAPHIC)

忽然と現れたインド仏教美術の宝庫、世界遺産アジャンター石窟群

2022.05.18
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 1819年、インド中部のワゴーラー川沿いにある断崖で、トラ狩りをしていた英国兵の一団が、驚くべきものに出くわした。岩の中に精巧にくり抜いて造られた、大小30ほどの洞窟群だ。しかも、美しい石細工は序章に過ぎなかった。

 洞窟の中で待ち受けていた巨大な壁画、岩肌に彫られた彫刻、仏舎利塔、僧院、祈祷殿、碑文などは、数世紀にわたる初期仏教美術と、インド古典文化の黄金期だったグプタ朝時代における芸術の傑作ばかりだ。そして驚くべきことに、1400年もの間、ごくわずかな地元の住民しかこれらを知らなかった。

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インドのアジャンター近郊にある仏教石窟寺院。紀元前2世紀から紀元6世紀にかけてワゴーラー川の上にある崖をくり抜いて造られた。1983年、ユネスコの世界遺産に登録。 (PHOTOGRAPH BY ROBERT HARDING, ALEX ROBINSON)

そして石窟群は廃墟と化した

 インドの主要な王朝の多くは、地球史上最大級の火山噴火によって広く玄武岩に覆われたデカン高原で誕生した。岩肌に彫られた彫刻や碑文は、初期インド社会に関する最も優れた記録の一つだ。古代の町アジャンター近郊には、暗色の玄武岩をくり抜いた石窟が30ほど点在している。絵画、柱、彫像で飾られた思いのほか壮麗な外観は、ヨルダンのペトラ神殿やイタリア、ポンペイのフレスコ画を想起させる。

 アジャンター石窟群の壮大さは、当時の王の力を物語っている。紀元前2世紀から1世紀のものもあるが、多くは紀元5世紀半ばにインド中央部を広く支配したヴァーカータカ朝のハリシェーナ王の時代に造られ、一時期は数百人の僧侶が洞窟で生活していたという。

 アジャンターが宗教と芸術の中心地として繁栄した時期は、477年に亡くなったハリシェーナ王の治世と重なるようだ。7世紀になると、僧院は使われなくなり、石窟は放棄され、アジャンターの美しい絵画は忘れ去られていった。そして仏教は、その発祥の地であるインドから次第に姿を消していくことになる。13世紀末、石窟群はイスラム軍の侵攻によって破壊され、廃墟と化した。

ゾウが守る入り口
ゾウが守る入り口
第16窟の入り口両脇に彫られた一対のゾウ。紀元5世紀後半頃に彫られたもの。 (PHOTOGRAPH BY LEONID ANDRONOV/ALAMY)

別世界のように彩られた壁

 大半の石窟には、礼拝用のチャイティヤ窟(祠堂)と、修行僧が生活するヴィハーラ窟(僧坊)がある。柱に囲まれた中央の部屋は、仏像の置かれた祠へと続き、その外側の廊下には、石造りの寝台以外には何もない僧房への入口が並ぶ。

神聖な空間
神聖な空間
石をくり抜いて造られた祠の壁や天井は、美しい絵画で彩られている。インドのアジャンター石窟群には息を呑むような初期の仏教美術がある。 (PHOTOGRAPH BY ROBERT HARDING PICTURE LIBRARY/NATIONAL GEOGRAPHIC)

 全体的に厳粛で敬虔な雰囲気だが、壁だけは別世界のような彩られ方だ。中でも悟りを開く場として設計されている最も精巧な石窟の壁は、霊性を呼び覚ますかのような絵画でほぼ覆われていた。

 壁画の大部分は時を経て断片的にしか残っていない。それでも、かつてここに満ちていた官能的かつ神秘的な空気を呼び覚ますには十分だ。寺院の壁には、既知のすべての創造物が描かれているように見える。ブッダや菩薩、その他の仏たち。王侯貴族、商人、乞食、音楽家、召使い、恋人、兵士、聖職者。ゾウ、サル、スイギュウ、ガン、ウマ、そしてアリまでもが人間たちに加わっている。木々に花が咲き、蓮が開き、蔓が巻きつき伸びていく。

天空のビジョン
天空のビジョン
最古の洞窟の一つである第10窟の天井に描かれたブッダと菩薩。石窟は紀元前1世紀に造られたが、絵画の多くは数世紀後の紀元400年代に描かれた。 (PHOTOGRAPH BY MAURICE JOSEPH/ALAMY)

次ページ:最も魅力的な壁画の一つ、無限の慈悲を象徴する「蓮華手菩薩」

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