Photo Stories 撮影ストーリー

2021年11月12日、ベネズエラのカラカスで開かれた公開コンサートで、新アルバム「シンフォニア・デソルデナーダ」を演奏するグラン・マリスカル・デ・アヤクーチョ交響楽団のメンバーたち。(Photograph by Ana María Arévalo Gosen)
貧困が覆うベネズエラ、野外オーケストラで人々に勇気を 写真17点
2022.01.26
2021年11月の夕刻、南米ベネズエラの首都カラカスは、喧騒に包まれていた。せっかちな車のクラクション、コンゴウインコのけたたましい鳴き声、救急車のサイレンが近づいては遠ざかる。
一方、街の中心から離れたカラカス東部の丘でも、にぎやかなサウンドが流れていた。ホテルの屋上に集まった聴衆が、「グラン・マリスカル・デ・アヤクーチョ交響楽団」の奏でるトランペットやトロンボーン、フレンチホルンなどの楽器に耳を傾けていたのだ。
このコンサートは「シンフォニア・デソルデナーダ(無秩序な交響曲)」という新アルバムを披露する演奏会だ。パンデミック下で行われたこのアルバムの収録には、多彩なバックグラウンドを持つ75人の音楽家が参加し、クラシック音楽とアフロ・カリビアン音楽のリズムを融合したアルバムが誕生した。
ボーカルを担当したのは、地元の有名なスカバンド「デソルデン・プブリコ」のリードボーカル、オラシオ・ブランコさん。政治の腐敗やインフレ、不平等社会、激しい暴力など、不安定な時代の悲嘆を表現した同バンドのこれまでの曲に、新たなアレンジが加えられた。
ベネズエラでは、2013年のマドゥロ大統領の就任以降、社会経済問題が深刻になっている。数百人の反体制派が収監されたり強制追放されたりした。長引くインフレで苦しむ経済に、パンデミックが追い打ちをかけた。極度の貧困層が76%にまで拡大し、国外に脱出するベネズエラ国民は史上最多の600万人を超える事態となった。
歌詞にこめられたメッセージ
オープニングでは、勢いのあるビートに乗せて、ブランコさんが激しい歌詞を力強く歌い上げ、世界で最も殺人発生率が高い都市のひとつとされるカラカスで人命がどれほど軽いかを訴える。
Dibujaron su muñequito de tiza en la acera ¡qué pena!
(チョークで囲われた歩道の遺体、ひどい話だ!)
バイオリニストのレネイケル・リオスさん(30歳)は、治安が非常に悪い地区で育ち、こうした地域の暴力沙汰には慣れっこだ。音楽は、彼女にとって心の避難所になっている。リオスさんは、今回の新たな編曲で、歌詞にこめられたメッセージに気づくようになった。
バイオリンを弾いていると心が洗われる思いがするという彼女にとって、愛用のバイオリンとオーケストラはなくてはならない存在だ。昨年は豪雨で自宅が浸水したが、音楽仲間が修復を手伝ってくれた。
「音楽は私のすべてです。今まで、何度も私を救ってくれました」。二児の母でもあるリオスさんはそう語る。
ロックダウンを乗り越える
2020年の初め、このオーケストラでは満員のコンサートが続き、いくつものプロジェクトが進行中だった。だが、新型コロナの感染拡大によって中断を余儀なくされ、メンバーの大半が練習や演奏会に参加できなくなった。
「シンフォニア・デソルデナーダ」の企画は、当初、コンサートでの演奏を意図していたが、アルバムとして世に出すことになった。スタジオではなく、バーチャルセッションによる収録が行われた。インターネット接続の不調や頻繁な停電に悩まされたが、3カ月かけて8つの編曲が完成した。
「パンデミックが予想よりも長く続きそうだとわかってきたので、制作を続けることにしました」とブランコさんは話す。「退屈で不安な日々のなかで、この企画は命綱のように感じられました」
おすすめ関連書籍
グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界
世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長とオンラインメディア『マンスリー・バロメーター』の代表ティエリ・マルレが、コロナ後の世界を読み解く。
定価:2,200円(税込)