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パタゴニアで、南米のカウボーイ「ガウチョ」の伝統を受け継ぐブロンゾビッチ家の牧場。年に一度開かれる「ラ・イエラ」は、動物たちの数を数え、体の手入れをし、焼き印を押し、去勢手術を施す伝統的なイベントだ。それはまた、家族とガウチョの文化を祝う日でもある。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

最果ての島で馬と暮らす、南米ティエラ・デル・フエゴ 写真17点

2021.12.30

 南米大陸最南端、アンデス山脈の終着点をなす山々に囲まれた群島に、厳しい自然と深く結びついて暮らす人々がいる。ヨーロッパから移住し、アルゼンチン、パタゴニアのこの地までたどり着いた開拓者の子孫たちだ。まるで人の進入を拒むかのように、大草原、森林、泥炭地、山々が広がる土地を見て、ヨーロッパ人はこの地方をティエラ・デル・フエゴ(火の土地)と名付けた。(参考記事:「氷の王国をハイキング、アルゼンチン」

 この最果ての地で、開拓者たちは独自の文化を発展させた。厳寒の冬と荒野を生き抜くために必要な、きつい肉体労働に基づく文化だ。

牧場の近くを馬で行くブロンゾビッチ家の人々。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
牧場の近くを馬で行くブロンゾビッチ家の人々。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

 南米のカウボーイ、「ガウチョ」と呼ばれる彼らは、伝統的な牧畜と馬術に長けている。ほぼ遊牧民のような生活を送り、政府の干渉は受けない。しかし過去に、内戦や独立戦争で戦ったことはある。いつしかガウチョは、アルゼンチンの国家と文化を象徴するようになっていた。

 なかでも特に際立った存在は「バケアノ」と呼ばれる、有能で経験を積んだ案内人たちだ。その多くはヨーロッパ人と先住民との混血で、昔から行軍の道案内役として、アルゼンチンの将軍たちに重宝されてきた。(参考記事:「パタゴニアのカウボーイ」

ブロンゾビッチ牧場の現場監督を務めるアルヴィノ・ベラスケスさん。牛や馬、牧羊犬を監督し、馬に乗って自然の中を移動する。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
ブロンゾビッチ牧場の現場監督を務めるアルヴィノ・ベラスケスさん。牛や馬、牧羊犬を監督し、馬に乗って自然の中を移動する。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

 1868~1874年までアルゼンチンの大統領を務めたドミンゴ・ファウスティノ・サルミエントは、バケアノについて「最も完成された土地測量士」と評価した。勇敢で、周囲の地形に関する詳細な知識をもつ彼らは、未開の土地における頼もしい案内人として引っ張りだこだった。バケアノは、相手がどのような生き物であっても長距離にわたって追跡し、隠れ場所を見つけることができた。

 技術が発達し、大陸の隅々まで探検し尽くされた今でも、ガウチョの人々は世代を超えて、その習わしとバケアノの技能を継承している。彼らの住む土地には、ほぼ手つかずの自然が残り、その美しさと長年の伝統に惹かれて、今では多くの観光客が訪れる。(参考記事:「北海道より大きな海洋保護区を新設、アルゼンチン」

グルーミングなどの処置を行うため、馬を1頭ずつ群れから引き離し、足を縄で結ぶ。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
グルーミングなどの処置を行うため、馬を1頭ずつ群れから引き離し、足を縄で結ぶ。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
馬の足を慎重に縄で結ぶ。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
馬の足を慎重に縄で結ぶ。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
既に処置済みであることがわかるように、たてがみを切る。また、たてがみを一部カットすることで、手綱を使わずに馬を操ることができる。切られたたてがみは、手工芸品に使われる。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
既に処置済みであることがわかるように、たてがみを切る。また、たてがみを一部カットすることで、手綱を使わずに馬を操ることができる。切られたたてがみは、手工芸品に使われる。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

家族の遺産

 ブロンゾビッチ家も、こうしたバケアノの一家だ。彼らの祖先は、20世紀初頭にクロアチアでの苦しい生活から逃れるため、ティエラ・デル・フエゴの町、ウシュアイアに移住した。「祖父のフレは1910年にティエラ・デル・フエゴにやってきて、この土地がすっかり気に入ってしまいました。あまりにほれこんだので、クロアチアに戻って持ち物を全て売り払い、一緒に移住してくれるお嫁さんを見つけました。ここでは、女性の数は少なかったですから」。孫娘の一人、ベッキー・ブロンゾビッチさんはそう話す。

「1922年に祖父は牧場を買い、主に木材を売ったり家畜を飼って生計を立てていました。8人の子どもたちと一緒に製材所を作り、後にそれを町から55キロ離れた山の中のエスコンディド湖畔に移しました」。パタゴニアで生まれ育ったベッキーさんは、ブエノスアイレスのパレルモ大学で観光学を学んだ。

ジョセフィーナ・ブロンゾビッチさん。愛犬のエラと。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
ジョセフィーナ・ブロンゾビッチさん。愛犬のエラと。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
バケアノの仕事道具である「ファカ」ナイフを手に持つフアン・ブロンゾビッチさん。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
バケアノの仕事道具である「ファカ」ナイフを手に持つフアン・ブロンゾビッチさん。(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)
ギャラリー:最果ての島で馬と暮らす、南米ティエラ・デル・フエゴ 写真17点(写真クリックでギャラリーへ)

 それから100年以上たち、製材所は観光客用のベースキャンプに生まれ変わった。ここでフレさんの子孫たちは、バケアノの仕事や習わし、アルゼンチン南部を象徴する文化を、訪れる人々に紹介している。一家が経営する「バケアノス・デ・ティエラ・デル・フエゴ」は、馬や四輪駆動車に乗って大自然に分け入り、本物のティエラ・デル・フエゴを体験できるツアーを提供する。

次ページ:ガウチョの暮らし

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