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除虫菊の花に含まれる強力な天然の毒素は、環境にやさしく効果的な殺虫剤の原料となる。(Photograph by Vito Fusco)

世界一だったケニアの除虫菊、再起への追い風は天然殺虫剤需要

2021.08.11
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 夜が明けると、アフリカ、ケニアの丘陵地帯には、朝露に濡れた白い菊の花が広がっていた。除虫菊(Chrysanthemum cinerariifolium、シロバナムシヨケギク)だ。この花を摘み取る人々にはまったく無害だが、昆虫は用心しなければならない。花の黄色い中心部には、昆虫を死へ追いやる毒が含まれている。

 除虫菊に含まれる殺虫成分はピレトリンと呼ばれ、これを用いて天然の殺虫剤を生産することができる。農家はこの殺虫剤を作物に吹きつけて、ダニやアリ、アブラムシの被害から作物を守る。牧畜業者が牛にピレトリンの軟膏を塗れば、ハエやダニを寄せ付けない効果がある。

除虫菊の花は2週間おきに完全な手作業で収穫される。(Photograph by Vito Fusco)
除虫菊の花は2週間おきに完全な手作業で収穫される。(Photograph by Vito Fusco)

 ピレトリンは害虫の中枢神経系に作用して麻痺させる。「虫に除虫菊剤をスプレーすると、虫は最初の30秒ほどは混乱して異常に活発に動きまわり、その後、落下します」と、除虫菊剤メーカー、カピ・リミテッドの経営責任者、イアン・ショー氏は説明する。

 住まいの近くで除虫菊を栽培するだけでも、寄生虫を運ぶサシチョウバエを忌避する効果が期待できる。このサシチョウバエに刺されると、リーシュマニア症という皮膚病に感染するおそれがある。世界で年間100万人近くがこの病気を発症しており、ケニア国内でも多数の患者が出ている。

グレースさんは、除虫菊栽培に誇りを持っている。除虫菊栽培の復活は、地元の人々に雇用の確保と社会的利益をもたらす。(Photograph by Vito Fusco)
グレースさんは、除虫菊栽培に誇りを持っている。除虫菊栽培の復活は、地元の人々に雇用の確保と社会的利益をもたらす。(Photograph by Vito Fusco)
ナクル郡農務省の責任者、ジョエル・マイナ・キベット氏は、ナクル郡の除虫菊栽培の復活を熱心に支援している。(Photograph by Vito Fusco)
ナクル郡農務省の責任者、ジョエル・マイナ・キベット氏は、ナクル郡の除虫菊栽培の復活を熱心に支援している。(Photograph by Vito Fusco)

 蚊が媒介するマラリアのような病気との闘いにおいても、ピレトリンは強力な武器となっている。毎年、世界で数億人がマラリアに感染し、40万人以上が死亡しているが、ケニアにも感染者や死者は多い。ピレトリン製品の一つである蚊取り線香は、お香のように煙をくゆらせて蚊を追い払う。(参考記事:「苦戦するマラリアワクチン、根絶への道のり遠く」

「ピレトリンは、世界で最も重要な殺虫剤です」と話すのは、ケニアの首都ナイロビから北へ車で3時間のナクル郡の農業責任者であるジョエル・マイナ・キベット氏。「ピレトリンは自然でオーガニック、そして、環境への影響もありません。利用者にもやさしい殺虫剤です」

世界の大半の除虫菊を栽培していた

 ケニアは、1970年代から1980年代にかけて、世界のほぼすべての除虫菊を栽培していた。1920年代後半、英国からの入植者が除虫菊をケニアに持ちこんだのが始まりで、1940年には、日本を抜いて世界有数の除虫菊生産国に成長した。1960年代初めのケニアでは、除虫菊はコーヒー豆と紅茶に次ぐ3番目の主要産業であり、世界の除虫菊の70%以上を供給し、約20万人が生産に従事していた。

ギャラリー:世界一だったケニア除虫菊産業の現在 写真12点(写真クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:世界一だったケニア除虫菊産業の現在 写真12点(写真クリックでギャラリーページへ)
除虫菊を乾燥させる。生産過程はすべて手作業だ。(Photograph by Vito Fusco)

 除虫菊生産は1980年代にピークを迎えたが、1990年代には急速に落ちこみ、やがて完全に破綻した。農村経済も甚大な影響を受けた。世界銀行の報告書によれば、ケニアでは、国営企業であるケニア除虫菊委員会が市場を独占して他の民間企業の参入を妨げたため、民間の除虫菊企業が成長したオーストラリアなどに太刀打ちできなかったという。

 また、除虫菊委員会は農家への支払いを遅延させ、とうとう支払いを完全に停止してしまった。入金が何カ月も滞ったため、追い詰められた農家は、もっと利益が上がる作物の栽培に転向せざるを得なかった。農場を手放した人々もいた。

 除虫菊委員会は、2018年までかかって栽培農家への負債を清算した。化学農薬の禁止が拡大し、天然殺虫剤の原料となる除虫菊の需要が増大している現在、除虫菊産業は、復活に向けて動き出している。

蚊取り線香を生産するカピ社の従業員が、品質管理を行う。(Photograph by Vito Fusco)
蚊取り線香を生産するカピ社の従業員が、品質管理を行う。(Photograph by Vito Fusco)
蚊取り線香。お香のような煙で蚊を撃退する。(Photograph by Vito Fusco)
蚊取り線香。お香のような煙で蚊を撃退する。(Photograph by Vito Fusco)

「農務省の私たちは過去を振り返って、除虫菊が多くの世帯を支えてきたことに気づきました」とキベット氏は話す。「除虫菊のおかげで、今日の私たちがあるのです。除虫菊産業では、過去にも優れた業績を上げることができました。私たちには知識もあり、既存のインフラもあります」

 2017年、ナクル郡政府は民間の除虫菊会社6社と協力して、1万5703戸の農家に除虫菊の苗の配布を開始し、すでに10万人を超える人々に収益をもたらしている。

次ページ:除虫菊栽培が農家の収入を増やす

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