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ギリシャ正教の聖地アトス山のメギスティス・ラヴラ修道院の晩の祈りで、巡礼者に向けて聖書を読む父、中西裕一。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

ギリシャの聖山アトスに通い、大学教授から司祭になった父 写真14点

2021.07.28
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20年にわたりギリシャ正教の聖地アトス山へ通い、ギリシャ哲学の教授から正教の司祭になった中西裕一氏を、息子で写真家の裕人氏が撮影した。写真展『死は、通り道』開催に伴い、14点を紹介する。

 ギリシャ北東部の細長い半島に、陸路では訪れることのできない聖地がある。ギリシャ正教の最大聖地アトス山だ。半島に点在するおよそ20の修道院で、男性ばかりおよそ1700人の修道士が自給自足をしながら、中世から変わらない祈りを中心とした生活を送っている。世界遺産に登録されているものの、正教徒以外は1日10人までの観光客しか受け入れない。いわば「宗教自治国」のような存在だ。

アトスにある最古の修道院であるメギスティス・ラヴラ修道院。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
アトスにある最古の修道院であるメギスティス・ラヴラ修道院。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

 そんな聖地に単身通い続けた日本人がいる。私の父、中西裕一である。元々は大学教員としてソクラテスやプラトンといった古代ギリシャ哲学を教えていたが、ギリシャに通うたびに国や人々に魅了されていった。国民の実に90%以上が正教徒である現代ギリシャ人の根幹には、正教の教えが根付いているのでないかと考えた父は、20年前に東京復活大聖堂(ニコライ堂)で洗礼を受け、哲学から正教へと研究をシフトした。

降誕祭。一番右が父。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
降誕祭。一番右が父。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
麦を炊いて、砂糖をまぶした糖飯。食事は芋や豆が中心で、血の通ったものは食さない。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
麦を炊いて、砂糖をまぶした糖飯。食事は芋や豆が中心で、血の通ったものは食さない。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

 それから父は、日本の聖堂で学びながら、アトスに毎年のように通うようになる。その数は50回以上。半年にわたって滞在することもあり、現地の修道士たちとも信頼関係を築いてきた。子としては、何度も何度もギリシャへ向かう姿を見て、ここまで家を空けることに不信感さえ覚えたものだ。

祈りを終えエーゲ海を背に談笑する修道士たち。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
祈りを終えエーゲ海を背に談笑する修道士たち。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
ここで生涯を閉じる事を決意した修道士。エーゲ海を背に祈りを捧げる。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
ここで生涯を閉じる事を決意した修道士。エーゲ海を背に祈りを捧げる。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
キミティーリオン(納骨堂)にて、中西裕一司祭。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
キミティーリオン(納骨堂)にて、中西裕一司祭。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

 父から聞くアトスでの生活の話は現実離れしており、父が撮ってきた写真に映る人々や風景も、これまで見たことの無いものばかりだった。私は写真家として、一つのテーマを追いたいという思いもあり、2014年に洗礼を受け、父のアトス巡礼に同行することを決めた。

 アトスでの生活を撮影する中で、修道士に囲まれた父が祈りを導き、巡礼者たちに祝福を与える様子に出会った。聞けば、このように日本人が巡礼者に祝福を与える姿はこれまでほぼ見られなかったという。これは、長年通い続け、司祭や修道士たちと信頼関係を築き、認めてもらえた証拠であると確信した瞬間だった。

アトス山は、行くたびに違う顔を見せてくれる。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
アトス山は、行くたびに違う顔を見せてくれる。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
「領聖」と呼ばれる儀式。キリストの体となったパンと、血となった赤葡萄酒を頂く。正教徒にとって待ち望んだ瞬間である。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
「領聖」と呼ばれる儀式。キリストの体となったパンと、血となった赤葡萄酒を頂く。正教徒にとって待ち望んだ瞬間である。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
巡礼者に祝福を与える。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
巡礼者に祝福を与える。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
山道を案内してくれた修道士。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
山道を案内してくれた修道士。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

 父は何のためにアトスを目指し続けるのだろう? 同行するたび、私は考えた。

 正教徒には、死とはすべての終わりではなく、やがて天国で永遠の生命を得て、家族と共に住まうための「通り道」に過ぎないという教えが共有されている。祈りと悔い改めは天国に住まうための準備であり、生きることはそのまま死の備えなのである。

知り合いの修道士の名を見つけ、祈りを捧げた。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
知り合いの修道士の名を見つけ、祈りを捧げた。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
かつてこの修道院にいた聖人たちの聖遺物。蓋を開けると遺骨が見え、そこに接吻をする。聖人と一体となったことを意味する。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
かつてこの修道院にいた聖人たちの聖遺物。蓋を開けると遺骨が見え、そこに接吻をする。聖人と一体となったことを意味する。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

 しかし、人は、生きながらも希望を失い、死んだようになってしまうことがある。それこそ、大いに恐れることだと父は言う。

 何度もアトスを目指し、険しい山々を歩き続けた父の後ろ姿は、そうした教えを体現しているように見えた。

 生きているこの時は、希望を持ち続け、何度も挑戦し、歩み続ける。これは、信仰にかかわりなく誰にでも共有できる大切なことだと私は思った。

次の修道院を目指す父。(Photograph by Hirohito Nakanishi)
次の修道院を目指す父。(Photograph by Hirohito Nakanishi)

中西裕人写真展「死は、通り道」

父はなぜ20年にわたり険しい山々を歩き、聖地アトスを目指したのか。背中を追った作品約40点。




2021年7月22日(木)〜8月4日(水)
アイデムフォトギャラリー「シリウス」、10:00~18:00(日、休館、最終日は15:00まで)

父、中西裕一氏による書籍『ギリシャ正教と聖山アトス』(パウエル中西裕一、幻冬舎新書)も2021年7月28日に発売。

陸路で訪れることのできない、ギリシャ正教の聖地アトス山。20年にわたりここへ通い続け、ギリシャ哲学の教授から正教の司祭になった中西裕一氏を、息子で写真家の裕人氏が撮影した。

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文・写真=中西裕人

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