Photo Stories撮影ストーリー

5万年以上前にネアンデルタール人が作ったとされる骨の彫刻。今でいう「芸術」を作り出す能力が、絶滅したネアンデルタール人にもあった証拠であると、研究者たちは考えている。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)

ネアンデルタール人の彫刻作品か、ドイツの洞窟で発見

2021.07.07
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

意図的な作品

 ネアンデルタール人の「芸術」と言えそうなものの証拠は、ほとんど見つかっていない。そのため研究者たちは昔から、好意的な言い方をすればネアンデルタール人がシンボルや装飾的な表現には興味がなかったか、悪く言えば創造的な思考を持つ能力がなかったと結論付けていた。

 これまでも、スペインの洞窟の壁に描かれた図形のような装飾や、クロアチアでネアンデルタール人の死体と一緒に埋められていたワシのかぎ爪など、極めてまれではあるが、証拠がなかったわけではない。(参考記事:「【解説】世界最古の洞窟壁画、なぜ衝撃的なのか?ネアンデルタール人に芸術の才」

観光客のためにアインホルン洞窟の壁に映し出されたユニコーンの絵(アインホルンはドイツ語でユニコーンという意味)。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
観光客のためにアインホルン洞窟の壁に映し出されたユニコーンの絵(アインホルンはドイツ語でユニコーンという意味)。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)

 しかし、考古学者らはそれらの遺物を直接、放射性年代測定にかけるのではなく、そばで見つかった骨の年代や洞窟の壁の化学分析に頼って推定してきた。したがって、それがそのまま遺物の年代であるかどうかは疑問だった。

 その点、アインホルン洞窟の彫刻はそのものを放射性炭素年代測定にかけて、年代が特定されている。これに加えて研究チームは、骨に刻まれた線が肉を叩いた時に偶然できた傷などでないことを確かめるため、同じものを作ってみることにした。

考古学者のラファエル・ハーマン氏は、アインホルン洞窟の骨の彫刻を作るのにどれだけの手間がかかるのかを知るため、石の刃と牛の骨を使って同じものを作ってみた。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
考古学者のラファエル・ハーマン氏は、アインホルン洞窟の骨の彫刻を作るのにどれだけの手間がかかるのかを知るため、石の刃と牛の骨を使って同じものを作ってみた。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
ネアンデルタール人が使用していたのとよく似た石の刃を使って、牛の骨に線を刻むハーマン氏。それを顕微鏡とCTスキャンにかけ、本物と比較した。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
ネアンデルタール人が使用していたのとよく似た石の刃を使って、牛の骨に線を刻むハーマン氏。それを顕微鏡とCTスキャンにかけ、本物と比較した。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)

 骨は、ギガンテウスオオツノジカと呼ばれる大型のシカのものだった。立った時の肩までの高さが約2.2メートル、体重は小型自動車ほどで、アルプス以北にはほとんど生息していなかった。

 このシカは7000年以上前に絶滅しているため、同じ骨を手に入れることはできない。そこでレダー氏とゲッティンゲン大学の実験考古学者ラファエル・ハーマン氏は、それによく似た牛の骨を調達した。また、線を彫るためにレプリカの石の刃も用意した。

 試行錯誤の末、骨は何度も鍋で煮沸し、乾燥させると線を刻みやすいことがわかった。また、1本の線を入れるのに10分かかり、貴重な石の刃を1~2個消費した。「多くの段階を踏み、よく考えて作られています」と、ハーマン氏は言う。

アインホルン洞窟の広い通路を通って発掘現場へ向かう考古学者たち。2020年も、厳重な新型コロナ対策を講じて発掘は続けられた。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
アインホルン洞窟の広い通路を通って発掘現場へ向かう考古学者たち。2020年も、厳重な新型コロナ対策を講じて発掘は続けられた。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
アインホルン洞窟で発掘された土をふるいにかけ、丹念に調べる考古学部の学生デニス・シーメンス氏とルナ・ボール氏。どんなに小さな動物の骨や植物の残骸でも、5万年前の様子を再現するための重要な手がかりとなる。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
アインホルン洞窟で発掘された土をふるいにかけ、丹念に調べる考古学部の学生デニス・シーメンス氏とルナ・ボール氏。どんなに小さな動物の骨や植物の残骸でも、5万年前の様子を再現するための重要な手がかりとなる。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
地面に並べられた土のサンプル。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
地面に並べられた土のサンプル。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)

 米ケニオン大学の考古学者であるブルース・ハーディ氏は、次のように指摘する。「実用的ではないモチーフをわざわざ骨に刻むことには、何らかの理由があったはずです。どこかのネアンデルタール人が、時間をかけてこれらの模様をシカの骨に刻んだ。そこには意図があった。これを他の証拠に加えれば、ネアンデルタール人に象徴的行動があったという証拠が積み上がるでしょう」。ハーディ氏も、今回の研究には参加していない。

 だが、ニューヨーク州ストーニーブルック大学の考古学者ジョン・シア氏は別の見方をする。アインホルン洞窟の骨は、魚釣り用のおもりかもしれないし、糸巻きの芯かもしれない。そうでなくても、5万年後の現代に生きる私たちには想像もつかない何かの実用的な道具なのかもしれない。「使い方がわからないからと言って、それがシンボルだとは限りません。少し考えてみれば、別の用途を考え付くはずです」

 また、こうも付け加える。「人間がシンボルを使う時、他のあらゆるところでもそれが見られます。ネアンデルタール人がシンボルを使っていたのだとすれば、私たちとは違う使い方をしていたのでしょう」(参考記事:「「ネアンデルタール人の笛」、動物の仕業だった」

訪問者を洞窟へ案内する古生物学者のラルフ・ニールボック氏。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)
訪問者を洞窟へ案内する古生物学者のラルフ・ニールボック氏。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)

芸術家、または腕のいい模倣家

 問題をさらにややこしくしているのは、現生人類とネアンデルタール人がわずかではあるものの同じ時期に同じ場所に存在していたということだ。これまでにネアンデルタール人のものと特定された象徴的表現あるいは芸術品らしき遺物のなかには、人類がヨーロッパに到達したばかりの頃に作られたと思われるものがある。つまり、ネアンデルタール人はオリジナルを創作したのではなく、単に人間の作ったものを真似する能力に長けていただけだと、研究者たちは主張してきた。(参考記事:「ネアンデルタール人による彫刻を発見か」

ギャラリー:ネアンデルタール人の彫刻作品か、ドイツの洞窟で発見 写真16点(画像クリックでギャラリーへ)
ギャラリー:ネアンデルタール人の彫刻作品か、ドイツの洞窟で発見 写真16点(画像クリックでギャラリーへ)
洞窟の崩落した部分から空を見上げるラルフ・ニールボック氏。夏に太陽が真上に来ると、ここから日光が差し込む。洞窟は、ドイツ最大の「ユネスコ世界ジオパーク」がある緑豊かなハルツ山地に位置している。(PHOTOGRAPH BYROBBIE SHONE)

 ところが今回、アインホルン洞窟の彫刻は人類がヨーロッパへ到達する以前のものであると特定されたため、ネアンデルタール人が作ったものに違いないと、論文著者らは言う(ただし、この論文に添えて掲載された古人類学者のシルビア・ベロ氏による論文は、最近の遺伝学的証拠によりホモ・サピエンスのヨーロッパ到達がこれまで考えられていたよりも早かった可能性が浮上しているため、彫刻が現生人類の影響を受けていたという説は排除すべきではないと指摘している)。

 ターバーガー氏も、現生人類の独創的な作品とネアンデルタール人のそれには大きな隔たりがあることを認めている。「初期の現生人類の物質文化には、このような遺物が当たり前のようにどこにでも見られます。けれど、ネアンデルタール人はめったにそういったものを作っていません。世界にはネアンデルタール人が暮らしていた場所が数千カ所発見されていますが、そのなかで芸術的表現と思われるものが出土した場所は、わずか10カ所ほどしかありません」

参考ギャラリー:人類はいつアートを発明したか? 写真11点(画像クリックでギャラリーへ)
参考ギャラリー:人類はいつアートを発明したか? 写真11点(画像クリックでギャラリーへ)
ドイツのホーレ・フェルス洞窟で2008年に発見された、3万5000年前の女性像。人体をかたどったと確実に認められる最古の遺物だ。上部にある輪にひもを通し、首飾りとして使われていたようだ。(Photograph by Hilde Jensen, Tübingen University, Germany)

会員向け記事を春の登録キャンペーンで開放中です。
会員登録(無料で、最新記事などメールでお届けします。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    無料会員向け記事が読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

文=ANDREW CURRY/写真=ROBBIE SHONE/訳=ルーバー荒井ハンナ

おすすめ関連書籍

人類史マップ

サピエンス誕生・危機・拡散の全記録

人類がどのように生まれ、危機の時代を過ごし、世界各地へ拡散していったのかを、様々な考古学的データをもとに再現。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕

定価:3,520円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo Stories 一覧へ