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1634年、北米の東海岸に入植してきたヨーロッパ人は、驚きの光景を目にした。赤い目をした何百万匹もの昆虫が、地面から一斉にわき上がったのだ。入植してきた清教徒たちはこれを「イナゴ」と呼んだ。旧約聖書に書かれている災いの一つ、イナゴの大群が現代によみがえったのではと考えたからだ。
だが、この昆虫はイナゴではなく、セミだった。13年ごと、または17年ごとに大量発生する「周期ゼミ」に関する最初の記録だったのだ。周期ゼミは全部で7種、米国中西部と東海岸に生息してする。今年もまた、数兆匹ものセミたちが一斉に地上に現れ、木々を覆い尽くし、交尾相手を求めて騒々しい鳴き声をたてることだろう。(参考記事:「動物大図鑑 周期ゼミ」)
周期ゼミの群れは、発生する年が同じものをすべてまとめて「ブルード」と呼び、それぞれのブルードにはローマ数字がつけられている。知られているだけで15のブルードが存在し、今年2021年は、そのなかでも最大の集団である「ブルードX」が発生する年に当たっている。まもなく体長2.5センチのセミが、米インディアナ州、オハイオ州、ペンシルベニア州、メリーランド州、ワシントンDC、その他の広大な地域に姿を現す。
ただ、誰もがセミたちを楽しみにしているわけではない。ソーシャルメディアでは、「セミに今年の夏を台無しにされたら、叫び出してしまいそう」といった悲観的な投稿が見られるし、虫全般が苦手という人も多い。ちなみに、清教徒がやってきてから400年近くたった今でも、セミのことをイナゴと混同する米国人はいる。
作物を食い荒らすイナゴとセミは違う。それどころか、これだけ大量の虫に一度に遭遇することは、めったにない幸運であると、ワイオミング大学の昆虫学者ジェフリー・ロックウッド氏は語る。「畏敬の念を抱くべき自然の驚異です」

謙虚な気持ちに
驚くべきことの一つは、ブルードXの規模の大きさにある。それはヨーロッパ人がやってくる前、北米大陸が昆虫やその他の動物であふれていたころの名残だ。場所によっては、1エーカー(約4000平方メートル)の森に150万匹ものセミが発生する。ロックウッド氏によると、今年の夏は数兆匹が発生するという予測まである。
「私たち人間は、あまりに多くの自然を破壊してしまいました。それでもまだ、これほど大量に発生する動物が残っていたのかと思うと、自然の偉大さに感嘆するとともに謙虚な気持ちにさせられます」。この地球上に存在する動物は人間だけではなく、私たちはこの場所を他の生き物と共有しなければならないのだということを思い起こさせる。
米カリフォルニア大学デービス校の昆虫学者リチャード・カーバン氏は、周期ゼミについて、「米国東部の森を代表する草食動物」であり、その数と量においては他のどんな動物もおよばないと話す。地上に姿を現すのは17年に一度だけだが、それ以外のときもセミは常に地中に存在し、木の根から樹液を吸ってゆっくりと成長している。
1962年の研究では、森のなかのある特定の場所に占めるセミの総生物量(バイオマス、総重量)は、同じ面積の牧草地が支えられる牛の生物量を上回ると推定。この論文の中で著者は「自然条件化における陸生動物の記録としては最大」と述べている。
「何年も地下に閉じこもっていた分が一気に地上に出てくるわけですから、それによってもたらされる恵みは計り知れません」。米パデュー大学で昆虫学を教えるエリザベス・バーンズ氏は言う。
まず、多くの捕食動物が豊富なエサにありつける。そればかりか、セミが地上に出てくることで生態系の栄養が循環され、土に空気が送り込まれ、さらにセミ以外の昆虫は、いつもの年よりも捕食動物に狙われる心配をしなくても済む。
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