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写真家のムハンマド・ムヘイセン氏がヘリコプターからこの写真を撮っているとき、ザータリ難民キャンプの、プレハブのシェルターがひしめく光景の何かが心を打った。そこかしこで、焦げ茶色の屋根の間から、色とりどりの小さな斑点が顔を覗かせていた。「写真家として、私はいつも色を探しています」と氏は語る。「この小さなマッチ箱のような家を見下ろしていると、さまざまな色が見えてきました。黄色や赤、緑も」。それはシェルターを明るく特別なものにしようと、個人や家族が塗ったペンキの色だった。外国の避難所が、たとえ仮のものであっても、少しでも我が家と感じられるように。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)

世界初、難民キャンプのコロナワクチンセンターに見た希望の光

2021.04.29
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 難民キャンプでは初となる新型コロナウイルスワクチンの接種センターがヨルダンに設けられた。ピュリツァー賞を2度受賞し、世界の難民問題を10年以上追いかけ続ける写真家のムハンマド・ムヘイセン氏が、コロナ下のそのシリア難民キャンプを訪れた。

 110歳だと聞いていたそのシリア難民は、素晴らしく姿勢がよく、ユーモアのセンスのある人だった。ヨルダンのザータリ難民キャンプ内の小さなシェルターで、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を受けたばかりのところを取材した。私が入っていったとき、彼女はベッドの上に背筋を伸ばして静かに座っていた。名前はザフラ。難民事務所の職員が見せてくれた身分証明書によれば1910年1月生まれで、今年の誕生日で111歳になっていた。

 想像できるだろうか? あれらの戦争を生き延び、シリアの内戦を逃れ、夫を亡くし、難民キャンプで新たな生活を始め、パンデミックが発生した。そして今、第一弾のワクチン接種を受けている。

 これは希望のメッセージを伝えるストーリーだ。

 ザータリは、ヨルダン北部、シリアとの国境から16キロメートルほど離れたところにあり、世界最大級の難民キャンプになっている。2012年に、内戦から逃れてきたシリア人を一時的に保護する場所として、ヨルダンと国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援により開設された。現在は約7万9000人の人々が暮らす。最近ここに、新型コロナウイルスワクチンの接種センターができた。UNHCRによれば、難民キャンプ内にそのような場所ができるのは世界初だという。それを聞いて、私はぜひ自分の目で見たくなったのだ。

111歳のシリア難民、ザフラさんは、耳はほとんど聞こえなくなったが、ユーモアのセンスは衰えていない。写真家のムハンマド・ムヘイセン氏がUNHCRの女性に同行してこぎれいなシェルターに入っていくと、ザフラ氏は二人に冗談を言ってからかった。シャトルバスに乗ってキャンプ内の診療所まで来てもらうのではなく、医療従事者がザフラさんのシェルターを訪問して2回のワクチン接種を行った。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)
ザータリに新たに作られワクチンセンターで、シリア難民に2回目のワクチン接種をする看護師のファーティマ・アフマドさん。69歳のアブドゥルカレエムさんは、虚弱そうに見えるが、さにあらず。バイクで診療所にやって来て、注射が終わると轟音を立て去って行った。「最初は信じていなかった。この病気でどうなるか、ニュースで見るまではね」と言う。「それから恐ろしくなった」(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)
注射針に体をこわばらせる81歳のアユースさんと、それを支える息子。アユースさんの鼻と口を覆っている黒い布は、ニカブ(イスラム教徒の女性が着用するベール)ではなく感染予防用のマスク。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)
自転車やロバが引く車は、即席の輸送網の一部として、面積約5平方キロメートルのザータリ難民キャンプの隅々まで乗客や荷物を運んでいる。難民らはこの砂漠の土地で、指定された区画にロバの囲いを作り、野菜を植えている。金網の中には、このキャンプをヨルダン政府と共に管理する国連の難民機関UNHCRの本部がある。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)

 しかし、部外者がザータリを訪れるのは簡単なことではない。中規模の街くらい広いキャンプには、住宅街やオフィス街があり、ブライダルショップ、衛星放送受信アンテナ、太陽光発電機、宅配ピザ屋まで揃っている。以前からここに入るには当局の許可が必要だったが、この数カ月はパンデミックにより封鎖されている。保健当局は、これまでにザータリ内で2021人の感染と20人の死亡を確認した。

 私はエルサレム生まれのヨルダン人で、10年以上、世界各地で難民の危機を記録してきた。ザータリもこの数年間に何度か訪問した。ヨルダン政府観光局の大使も務めている。2019年にはヘリコプターでこの難民キャンプの上空を飛び、その広大な眺めを写真に収めることができた。

地平線に向かって伸びるザータリ難民キャンプ。2019年7月、ヘリコプターから撮影。当初は内戦で国を追われたシリア人の一時的な避難所として、2012年にテントが設置されたザータリは、今ではヨルダンで4番目に大きい街になった。プレハブのシェルターや個室のトイレ、洗濯機、太陽光発電、リサイクル施設などを備え、オフィス街は地元で「シャンゼリゼ」と呼ばれている。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)

 その時も、今年3月下旬にザータリでワクチン接種の様子を一日取材したときも、私は深く心を打たれた。立ち直りの早さに、人間の適応能力に、そして希望に。移動診療チームが高齢者らの接種を終えると、難民のシェルターや家と、現在はワクチンセンターになっているキャンプ内の診療センターとの間で、シャトルバスによる送迎が開始された。

 申し込みは、事前に携帯電話からオンラインで行われていた。キャンプ内のコンピューターの台数は少ないものの、携帯電話はほとんどの人が利用している。苦手な人が申し込むときには、若い親戚や知り合いが手を貸した。

ワクチン接種会場になっている診療センターで、検温を受ける64歳のシリア難民、ファーティマさん。これから2回目の接種を受けるところ。ザータリの運営を支援しているUNHCRは、今年の春、このキャンプで暮らす7万9000人うち20人が死亡したことを確認した。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)
10年前に反政府デモが始まったシリアのダルアー市から逃れて来て、現在はザータリ難民キャンプで暮らす58歳のアドナンさん。キャンプ内の診療所で2回目のワクチン接種を終えたところ。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)
シリアのダルアー市から逃れて来て、ザータリ難民キャンプで暮らす76歳のサミアさん。キャンプ内の診療所で2回目のワクチン接種を終えたところ。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)
2回目の接種を済ませ、帰りのシャトルバスの中で発車を待つ64歳のファーティマさん。現在はシリア難民としてシェルターで暮らしている。新型コロナウイルスワクチンの接種を受ける高齢者は、ザータリでは非常に少ない。現在キャンプで暮らす人の半数以上が18歳未満だ。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN)

 ワクチン接種チームは全員女性だった。これはとりわけ、伝統を重んじる女性には嬉しいことだった。私もヨルダンを誇りに思った。戦争を逃れ、今はパンデミックに直面しているすべての人が、第二のチャンスを与えられたのだ。

文・写真=Muhammed Muheisen/訳=山内百合子

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