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カリブ海に浮かぶドミニカ島沖でマッコウクジラを撮影するブライアン・スケリー氏。ここはクジラの文化を取材する一大プロジェクトのために氏が撮影を行った24カ所のロケーションの一つ。(Photograph by Steve De Neef)

クジラには集団ごとに「文化」がある、3年間24カ所で撮影 写真10点

2021.04.22
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 海中でマッコウクジラを撮影するには、様々な条件をクリアしないといけない。

 彼らが海面近くに上がってくるのはほんの短い時間。その時に太陽が出ていて、光がクジラに当たるようにしなければならない。スキューバ用具を身に付けていると、音が出てクジラに近づきにくいため、たいていはフリーダイビングをする。そのうえで、クジラが垣間見せてくれる秘密の瞬間を、写真に収めなければならない。

「クジラの傑作写真が撮れる条件が揃うことはめったにありません」と語るのは、ナショナル ジオグラフィックの写真家ブライアン・スケリー氏だ。

 それでもスケリー氏はこれをやり遂げた。氏が撮影した革新的なクジラの写真の数々は、ナショナル ジオグラフィック5月号の特集「私たちが知らない『クジラの世界』」で見ることができる。また、4月22日のアースデイに配信が開始されたディズニープラスのオリジナル作品「クジラと海洋生物たちの社会」にも、氏が撮影した映像が登場する。製作総指揮はジェームズ・キャメロン、ナレーションはシガニー・ウィーバーだ。

ドミニカ島沖でマッコウクジラを探すスケリー氏と研究者のシェーン・ゲロー氏(赤い服)。普段なら毎日のように見つかるクジラだが、スケリー氏のレンズの前に現れるまでには3週間かかった。自然の撮影ではときに忍耐が求められる。(Photograph by Steve De Neef)
マッコウクジラにタグを付けているゲロー氏は、2005年からこの地域でクジラの研究をしている。氏はこれまでに、クジラたちの持つ独特の文化や、先祖から続く伝統ともいえる側面を明らかにしてきた。ゲロー氏は、行動とはクジラが「行う」こと、文化とはクジラがそれを「どのように」行うかであると定義している。(Photograph by Brian Skerry)

 クジラの文化の撮影を始めた当初から、スケリー氏は、これが一筋縄ではいかない仕事になることはわかっていた。撮影初期に訪れた西インド諸島では、その覚悟が試されることになった。カリブ海に浮かぶ小さな島ドミニカの沖合で、研究者たちは毎日のようにマッコウクジラを目撃している。しかしスケリー氏が島に到着すると、事情は一変した。

「最初の3週間、1頭たりともクジラを見かけなかったのです」とスケリー氏は言う。18日目には心配で胃が痛くなり、ほとんど眠ることもできなくなった。自分は不可能なことに手を出してしまったのだろうかと、スケリー氏は考えた。なにしろクジラがいなければ、クジラの傑作写真など撮影のしようもないのだから。

 それでも、20年以上にわたりナショナル ジオグラフィックの写真家として活動してきたスケリー氏は、自らの経験則にしたがい、ひたすら耐え、クジラが自分たちの世界の扉を開けてくれるまで粘り強く待ち続けた。

ノルウェー北極圏の暗い海の中、母親と思われるメスのシャチが、死んだ子シャチを体に乗せて泳いでいる。こうした行動は、以前からクジラの間で観察されていたものであり、死んだ子シャチは数日から数週間にわたって運ばれることもある。この行動はシャチが「非常に繊細な感性を持つ生き物」であることを示しており、「わたしたちに命の大切さを思い出させてくれます」とスケリー氏は言う。(Photograph by Brian Skerry)

レンズ越しに見るクジラたちの文化

 スケリー氏は3年間がかりで、ザトウクジラ、ベルーガ(シロイルカ)、シャチ、マッコウクジラを撮影した。その成果からは、クジラは集団ごとに異なる伝統、文化を持つことがあると解釈できる瞬間が見て取れる。人間のそれと同じだ。

 クジラたちは、近くにいる別の集団とは違った方法で子育てをしたり、ご近所さんが食べない獲物を食べたり、独特の方言で会話をしたり、仲間に特有の遊びをしたりする。人間の中にも、ものを食べるときに箸を使う者もいれば、ナイフとフォークを使う者もいるように、どうやら同じ種のクジラの中にも(ときには同じ海域にいるクジラ同士でさえ)、多様な文化が存在しているようだ。

トンガ沖でザトウクジラを撮影するためにフリーダイビングで潜った後、上昇するスケリー氏。このプロジェクトでは、泡やノイズがクジラを怖がらせてしまうスキューバ用具を使わずに、長時間水中にとどまる必要があった。(Photograph by Steve De Neef)

 スケリー氏は、現在注目を浴びているこの研究分野に大きな魅力を感じている。しかし氏の狙いは、それだけにとどまらない。親しみを感じられるようなクジラの暮らしを写し出せれば、それをきっかけとして人々が海を守るために立ち上がってくれるのではないかと考えた。

 動物界を一度そうした目で見てしまえば、それを見なかったことにはできないと、スケリー氏は言う。「もし人々に、文化というレンズを通してクジラを見てもらうことができたなら、自然保護活動を主題にせずとも、それは自然保護活動についての作品になると思ったのです」

 これを実現するために、スケリー氏は南太平洋から北半球の最北端まで24カ所のロケ地をめぐってきた。

 ノルウェー北極圏で雪の降るなか船に乗っていたスケリー氏は、死んだ子シャチを押して泳ぐ母シャチの姿を撮影した。まるで葬列のように厳粛な光景だった。

「歌う」ことがわかっているクジラは5種存在し、歌でメスを惹きつけるザトウクジラもその一つ。ザトウクジラのオスは子供のころに仲間から複雑な曲を習い始める。彼らは多くの場合、頭部が下に、尾が上になるよう体を縦にして、最長で20分ほど歌ってから呼吸のために浮上する。クック諸島沖にいたこのクジラも同様だ。(Photograph by Brian Skerry)
トンガ沖に生息するザトウクジラの母子。彼らは1年間を一緒に過ごして、母が子に生き延びる術を教える。(Photograph by Brian Skerry)

 南太平洋のクック諸島では、小さなタンクを背負い、オスのザトウクジラが歌うところを写真に収めるために、深さ37メートルまで潜水した。心臓が激しく鼓動し、ミスがほぼ許されない状況の中、スケリー氏はザトウクジラの尾から3メートルの距離まで近づいてから上昇を始めたが、そのとき、もう少しだけ深く潜ってみろと自分に言い聞かせた。そのおかげで、クジラの尾がフレームいっぱいに広がる見事な写真をものにすることができた。

次ページ:「2、3枚いいのが撮れたかな」の本当の意味は

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