Photo Stories 撮影ストーリー

2016年12月18日 長泥地区:住民が避難していなくなった帰還困難区域では、人間のことをあまり知らない新世代の動物が出てきた。この若いキツネもそのようだった。(写真=関根 学)

原発事故から10年、飯舘村のたくましい野生

2021.03.11

この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2021年4月号(3月30日発売)に掲載されます。

原発事故によって住民の暮らしが突然奪われた福島県の農村地帯では、人間と自然の境界が失われ、野生のたくましい素顔があらわになっている。

 福島県相馬郡飯舘村。福島第一原発事故によって高濃度の放射性物質が降り注ぎ、そこは人が暮らすことのできない場所になってしまった。

 人々は避難したが、虫や鳥たちはどうしているだろう? 事故後、ずっと気がかりだった私は、その年の6月、飯舘村を訪れた。

 放射性物質で汚染された地の草木や花は、予想に反し目にも鮮やかな色彩を放っていた。庭先に植えられた花々を無数のハチやチョウが飛び交っている。安堵とともに生き物の強さに驚いた。しかし同時に思った。高い放射線の環境の中で、将来生き物に変化が表れるのか? それとも?

 数年後、水を引かない田は急速に乾燥し草に覆われた。いつの間にか芽吹いたヤナギが成長し、林と化した。荒れた家や田畑は休息や繁殖に最適の場所となってイノシシが激増し、放置された栗や柿はアライグマの台頭を引き起こした。彼らの勢いは止まらず、近隣の地域で暮らす住民の日常生活をも脅かしている。

2018年5月12日 長泥地区:住民がいなくなって倉庫が傾いても、春になるとシャクナゲは見事な花を咲かせる。(写真=関根 学)
2018年5月12日 長泥地区:住民がいなくなって倉庫が傾いても、春になるとシャクナゲは見事な花を咲かせる。(写真=関根 学)
2017年10月13日 長泥地区:生息する動物の変化を観察しようと設置した自動撮影カメラがニホンジカをとらえた。(写真=関根 学)
2017年10月13日 長泥地区:生息する動物の変化を観察しようと設置した自動撮影カメラがニホンジカをとらえた。(写真=関根 学)
2017年1月28日 長泥地区:イノシシは警戒心が強いが、帰還困難区域では昼間でも普通に見かけるようになった。(写真=関根 学)
2017年1月28日 長泥地区:イノシシは警戒心が強いが、帰還困難区域では昼間でも普通に見かけるようになった。(写真=関根 学)
2017年9月30日 比曽地区:動物よけの柵に守られる花。同年春、飯舘村では長泥地区を除き避難指示が解かれた。(写真=関根 学)
2017年9月30日 比曽地区:動物よけの柵に守られる花。同年春、飯舘村では長泥地区を除き避難指示が解かれた。(写真=関根 学)

 そして10年。自然はタフで放射線によるダメージを受けているようには見えない。しかし、この先変化が表れないとは言い切れない。

 自然の営みというのは、放射線による影響よりも人間との関わり合いに大きく左右されているようだ。

 この地の自然の移り変わりを見てきて、私が実感したことである。

2016年5月14日 比曽地区:除染廃棄物を詰めた袋が集落のあちこちに仮置きされた。19年、国は除染で出た土を選別し、放射性物質の濃度が低い土を農業に使う実証事業を長泥地区で開始した。(写真=関根 学)
2016年5月14日 比曽地区:除染廃棄物を詰めた袋が集落のあちこちに仮置きされた。19年、国は除染で出た土を選別し、放射性物質の濃度が低い土を農業に使う実証事業を長泥地区で開始した。(写真=関根 学)
2020年9月27日 長泥地区:人知れず芽生えた木が、放置された農業用ハウスを突き破って伸びる。(写真=関根 学)
2020年9月27日 長泥地区:人知れず芽生えた木が、放置された農業用ハウスを突き破って伸びる。(写真=関根 学)

(2021年3月現在、飯舘村で避難指示が出されているのは、帰還困難区域となっている長泥地区だけとなっています)

写真家の関根学さんは2011年から福島県飯舘村で撮影を続け、2017年の日経ナショナル ジオグラフィック写真賞でネイチャー部門優秀賞を受賞しました。関根学さんのホームページはこちら

原発事故によって住民の暮らしが突然奪われた福島県の農村地帯では、人間と自然の境界が失われ、野生のたくましい素顔があらわになっている。

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写真・文=関根 学

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