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付近で発生した森林火災の煙と霧でかすむアグサン湿地の景色。干ばつや農地開発のために湿地の水が人工的に排水されたせいで火災が起きやすくなっている。(PHOTOGRAPH BY GAB MEJIA)
フィリピン諸島の南端、ミンダナオ島の内陸に位置するアグサン湿地では、深い茂みの間をカヌーで通り抜け、湖で泳ぐ子どもたちの姿が見られる。
湿地は、子どもの遊び場になるだけではない。そこに住む人々に食料をもたらし、災害から暮らしを守り、文化を支えている。水に浮かべた家は、雨期になると水位とともに上がったり下がったりする。
過去数百年間、狩りや漁をして暮らしてきた先住民マノボ族にとって、豊かな生態系を持つアグサン湿地はまさに地上の楽園だった。面積400平方キロメートルの湿地は、200種近い鳥類をはじめ、哺乳類、爬虫類、魚類たちのすみかでもある。
暴風からの保護、食料の安全保障、生物多様性、炭素貯留など、湿地がもたらす恩恵は計り知れない。しかしその一方で、アグサン湿地は今大きな脅威に直面している。
上流での汚染、気候変動、生息地の破壊により、神聖な湿地の生態系が脅かされているのだ。採掘事業やパーム油のプランテーションによって水が汚染され、炭素を豊富に含んだ泥炭地は、水が抜かれ、燃やされて、ヤシの木、米、トウモロコシを育てる農地に変えられた。
今から50年前の1971年2月2日、世界18カ国の代表がイランの都市ラムサールに集まり、世界中の湿地保護を目的とした「ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)」を採択した。現在は、171カ国が加入している。ところが1971年以降、都市開発や農業のために汚染され、舗装され、さらに海面上昇によって失われた世界の湿地は35%を超えている。
湿地とは何か、その多様な役割とは
湿地は、永続的、あるいは定期的に冠水し、多様な生態系を支えている土地のことを言う。沿岸近くの草地やマングローブ林に多く見られるが、内陸部でも水が集まって湿地林や泥炭湿原が形成される。また、川が流れ込んでいることが多く、湖を含むこともある。
淡水のアグサン湿地は、湿地林、泥炭地、川、59の湖に囲まれている。
「湿地には、泥と虫に覆われているだけで何の価値もないという悪いイメージが付きまとっていると思います。けれど最近では、これほど生産的で、環境保護や気候変動対策になってくれる生態系は、他ではなかなか見つけられないということがわかってきています」。環境保護団体「コンサベーションインターナショナル」で、ブルーカーボン(海に貯留される炭素)プログラムの責任者を務めるジェニファー・ハワード氏は、こう指摘する。
世界では、10億人近くが農業、漁業、観光業、交通など何らかの形で湿地に生活を依存していると推測されている。また、生物のおよそ40%の種が、湿地で繁殖・子育てをしている。
沿岸にある湿地は、台風やハリケーンから町を守る防潮堤の役割を担っている。高潮を防いで洪水を調整し、強風による影響を軽減する。2008年7月に学術誌「Ambio」に発表された研究では、米国では沿岸の湿地が1ヘクタール消えると、大規模な嵐による損害が平均して3万3000ドル増えると推測された。
酸素を排出する森林は「地球の肺」と形容されることが多いが、湿地は上流の汚染を除去してくれるため、老廃物を濾過する腎臓に例えられている。
上流から流されてきた汚染物や堆積物は、下流にある湿地で受け止められ、そこに堆積される。その湿地が失われると、「汚染物はそのまま海へ流れ込み、サンゴ礁を窒息させてしまいます」と、ハワード氏は説明する。
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