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写真家ポール・ベイフィールド氏が前頭側頭型認知症を患う母ジャニスさんの暮らしを記録するために3年前に始めたプロジェクト「Keeping Mum」の写真より。プロジェクトでは、新型コロナウイルスによるパンデミックが始まる前、その最中、さらにその後の彼女の姿を見ることができる。(Photograph by Paul Bayfield)

認知症患者と家族の辛すぎる現実、コロナで長引く面会禁止

2020.06.13
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 55歳の退役海軍大佐トーマス・ショーさんが60歳の妻リンさんに面会に行くときには、2人でイヤホンをして1台のiPodから音楽を聴いて楽しむのが常だった。競技ダンサーをしていたリンさんは若年性アルツハイマー病を発症して、昨年から米サンディエゴの認知症患者のための介護施設で生活している。病は彼女の記憶の多くを奪ったが、音楽への愛は残っている。

 しかし、リンさんが入所する施設が3月にソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保する措置をとるようになると、トーマスさんは毎日の面会ができなくなった。以来、もう11週間になる。リンさんは最近、新型コロナウイルスの陽性反応が出た。症状はなく、トーマスさんはこのまま乗り切れるだろうと楽観視している。しかし、陽性反応が出た以上、彼女は施設内で隔離されることになり、トーマスさんが再び彼女に会えるようになるまでにはさらに長い時間がかかるかもしれない。

介護施設に入所する母ジャニスさんの記録を撮影しているベイフィールド氏は、「世界中の都市が封鎖されている複雑な状況を認知症患者にどうやって伝えるか?」と問いかける。(Photograph by Paul Bayfield)

 介護施設に長く入所している認知症患者の多くがそうであるように、リンさんは愛する人の不在を理解できずにいる。2人は電話で話し、トーマスさんはスタッフから定期的に妻の様子を聞いているが、会えない間に妻の認知症が悪化するのではないかと心配している。

「今はまだ彼女は私が誰かをわかっています」とトーマスさんは言う。けれども病が進行すれば、夫のこともわからなくなるだろう。「ですから今は、私たちにとってかけがえのない時間なのです」。妻がこれからどうなっていくのか、彼はよく知っている。

 アルツハイマー病の進行速度はさまざまだが、脳内のニューロンの変性が進むと、最終的には親しい人や馴染みの環境も忘れ、認識できなくなる。アルツハイマー病をはじめとする認知症患者は、神経接続の損傷が進むにつれて、より高いレベルの介護が必要になることが多い。

 米国では介護施設や介護付き住宅の入居者の50%以上が認知機能に何らかの障害を抱えており、こうした人々に認知症のケアを提供することは、パンデミック中にはきわめて難しくなる。米疾病対策センター(CDC)の見積もりによると、6月1日現在、米国の老人ホームで新型コロナウイルス感染症により死亡した入所者は2万6000人、職員は449人にのぼるが、データを提供しているのは老人ホームの80%程度にすぎない。米NBCニュースの集計によると、米国の新型コロナウイルス感染症による死者のうち約4万人が老人ホームなどの長期療養施設に関連しており、新型コロナウイルスによる死者の約40%を占めているという。

ギャラリー:認知症患者と家族の辛すぎる現実、コロナで長引く面会禁止 写真5点
パンデミックの間、ベイフィールド氏は母親が入所する介護施設の窓の外にテーブルを置いて昼食をとっている。「母が食事の時間がわかるように、食べ物とは何かを思い出せるように、新しい方法を即興で試しています」(Photograph by Paul Bayfield)

 今、認知症ケアに携わる人々は、自分が隔離されていることを覚えていない人々を隔離することに苦労している。カンザスシティ地域のいくつかの施設で認知症ケアにあたっている言語病理学者のアリッサ・カンプ氏は、「本当に心が痛みます」と言う。「彼らは家族が面会に来ていないことはわかっているのですが、その理由を覚えていられないのです」

日常が乱されることの危険

 社会的な孤立により精神に影響を受けやすい人々にとって、介護施設で家族との面会やグループ活動、食堂での食事を禁止される影響はあまりにも大きい。アルツハイマー病患者の介護と支援と研究にかかわるシカゴの非営利団体「アルツハイマー協会」のミッション・パートナーシップ担当理事であるダグ・ペース氏は、「孤立の問題は非常に深刻です」と言う。「孤独、無力感、退屈は、平時であっても認知症患者の生活の質に非常に大きい影響を与えます」

 パンデミックが始まった当初、介護施設は個人用保護具が不足していたために甚大な打撃を受けた。米南フロリダ大学の老年学者リンジー・ピーターソン氏は「介護施設の仕事は多くの接触を必要とします。距離を置くことはできません」と言う。

 介護施設の入所者を隔離することはスタッフにとっても患者にとっても困難なうえ、認知症患者にとっては、日常が乱されることは非常に大きな打撃になりうる。介護施設に関する2012年の研究では、ハリケーンなどの緊急時に避難するなどといった日常の乱れは、認知症患者の混乱や不安を悪化させ、感情の爆発や攻撃性の増加につながることがわかっている。

「認知症患者にはルーティン(決まった手順)があり、そのルーティンの中でなら役割を果たせます。ルーティンは反復の1種だからです」とピーターソン氏は言う。「すべてが変わってしまうと、彼らは足をすくわれてしまいます」

次ページ:失われる記憶を記録する

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