Photo Stories撮影ストーリー

新型コロナウイルスのパンデミックの最中、インドネシア海兵隊が配布する援助物資を受け取るために集まった人々。ジャカルタ、グヌンサハリ。(Photograph by Muhammad Fadli, National Geographic)
シンガポール、日本、韓国といった国々でコロナウイルスの感染者数が着実に増加していた2月、インドネシアは、自国内では感染者は1人も出ていないとの主張を続けていた。社会的距離保持の呼びかけやイベントの中止、大規模検査の開始といった対策を政府がかたくなに拒否する中、この国で暮らす人々は何かがおかしいと感じ始めていた。
「政府はわたしたち国民に、この国には感染者はいないと言い続けていました」。都市生活者の権利を守るための活動に従事するダルマ・ディアニ氏はそう語る。「しかし、わたしはずっと考えていました。シンガポールのような清潔で現代的な都市にさえ感染者がいるのだから、ジャカルタにいないはずがないと」。ディアニ氏が暮らすアクアリウム地区は、ジャカルタ北部の海岸付近に多い低所得者居住区のひとつだ。
人をまとめる経験が豊富なディアニ氏は、自らこの問題に取り組むことにした。「最初は近隣の人たちを納得させるのに苦労しました。彼らはまだ、天候や祈りや何らかの力で、自分たちには病気が近寄らないと考えていたのです。メッセージアプリや直接の対話を通して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を予防するために生活スタイルを変える必要があるのだと、一人ずつ説得していきました」
3月上旬には、ディアニ氏の活動は、ボランティア部隊を動員できるほどの規模になっていた。彼らは近隣地域を封鎖し、住民たちに仕事に出るのをやめてできる限り家にいるよう話をし、手洗いなどの衛生習慣を普及させていった。ボランティア部隊はさらに、消毒剤の製造にも着手し、3月10日には近隣地域の「自己隔離」を開始した。これはジャカルタ州知事が非常事態宣言を出す10日前のことだと、ディアニ氏は誇らしげに語る。
1万5000以上の島々からなる国インドネシアでは、3月上旬以降、各地の地域社会がそれぞれ独創的な方法を用いて、極めて局所的な封鎖対策を講じてきた。こうした対策には富裕層も貧困層も関わっているが、最初期に自主的な組織化を始めたのは労働者階級の人々だ。
「これは中央政府の危機対応に対する不満の表れです」。オーストラリア国立大学の政治学者で、インドネシアを専門に研究するマーカス・ミーツナー氏はそう語る。
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、完全な都市封鎖による経済的・社会的コストを負うことは現実的ではないと主張してきた。「どの国にも、それぞれの特徴、文化、秩序レベルがあります」。3月下旬、大統領はそう発言している。「これを念頭に置き、今回のCOVID-19に対し、われわれは都市封鎖を選択しません」
インドネシア国内の新型コロナウイルス感染による死者数は1000人を超えており、今のところ、アジアでは中国とインドに次いで多い。専門家の中には、全体的な検査数と報告数が少ないため、実際の数はもっと多いのではないかと言う者もいる。パンデミックの震源地であるジャカルタでは、5375人の感染が確認され、3月には葬儀の件数が40パーセント増加した。
ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者(月ぎめ/年間)のみ、ご利用いただけます。
定期購読者(月ぎめ/年間)であれば、
- 1 最新号に加えて2013年3月号以降のバックナンバーをいつでも読める
- 2ナショジオ日本版サイトの
限定記事を、すべて読める
おすすめ関連書籍
おすすめ関連書籍
伝染病の起源・拡大・根絶の歴史
ささいなきっかけで、ある日、爆発的に広がる。伝染病はどのように世界に広がり、いかに人類を蹂躙したのか。地図と図版とともにやさしく解き明かす。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
定価:本体2,600円+税