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米国ボルティモアの病院で看護師として働くローゼム・モートン氏が自分の名前を書き入れているのは、空気をろ過するマシンと接続して使用される保護具「PAPR(電動ファン付き呼吸用保護具)」のフード。このフードは、コロナウイルスのパンデミックが収まるまでの間、きれいに拭いて再利用される。(PHOTOGRAPH BY ROSEM MORTON)
出勤3日目:2020年3月20日(金)
メリーランド州の新型コロナウイルス感染者数:149
午前6時50分
手術室のフロントデスクへ行き、今日の業務を確認する。PAPR(電動ファン付き呼吸用保護具)が数台、展示でもされているかのようにポールに吊るされ、テーブルの上には充電中を示すライトが点滅しているバッテリーがずらりと並ぶ。さらにPAPRが入った箱がひとつ。何かが起こりつつあるのを感じるが、詳しく確かめる時間はない。
神経外科の手術室看護師を務めるために手術室に入る。ここは自分のよく知っている世界だ。心が休まる。束の間ではあっても。
麻酔スタッフがPAPRを着けて入ってくる。どうやら病院では新たに、挿管や抜管などの呼吸器処置の際には、PAPRまたはフィルター性能の高いN95マスクの着用が推奨されることになったようだ。COVID-19ウイルスが空気を介して拡散する危険性があるためだ。
しかしこの対応はパンデミックの進行状況を考えると遅いように思われるし、遵守するのは容易ではない。ほとんどのスタッフがまだN95マスクの装着法の指導を受けていないし、うちのユニットにいる数百人のスタッフに対し、PAPRはわずか30台だ。結局、麻酔スタッフがPAPRとN95マスクを装着し、ほかのスタッフは呼吸器の処置中、手術室を出ることになった。しかし、もしCOVID-19が空気中に存在するなら、わたしたちが戻るまでの短い時間でその粒子が沈降するとは思えない。このとき初めて、自分たちの病院のリソース不足を実感する。先のことを考えると、いい兆候とは言えない。
出勤4日目:2020年3月24日(火)
メリーランド州の新型コロナウイルス感染者数:349
メリーランド州の新型コロナウイルス死亡者数:4
午前6時40分
病院内を歩いていると不安になる。そこら中に「面会禁止」の看板。ひとりで入院している患者さんたちはどう過ごしているだろう。
午前6時50分
手術室への階段を半分ほど降りたところで、人だかりを目にして立ち止まる。朝勤のスタッフが、マスクを着けて正面玄関に集められている。スーパーバイザーが新しい規則の概要を説明している。手順は日ごとに、ときには数時間ごとに変わる。いくつかの手術室を閉鎖し、手術の日程をずらすことで、PAPRの不足を補うようだ。先週の金曜日よりも対策が強化されたことは大きな安心材料だ。

数分後、自分の名が呼ばれ、PAPRがわたしの手に置かれる。COVID-19の感染予防措置が必要な緊急症例があり、今日はわたしがその担当だ。
出勤5日目:2020年3月25日(水)
メリーランド州の新型コロナウイルス感染者数:423
午前6時50分
患者の鼻の中を処置する手術を担当。PAPRが欲しいと言ったが、どこにも見当たらない。誰かがこれは気道の手術ではないため、スタッフに保護は必要ないと決めたらしい。わたしともうひとりの看護師は目で合図を送り、わたしたちは保護具なしでは手術に参加することはできないと伝える。保護具が供給される。
午後12時
病院が保護具使用の厳格な規則を定め、手術室看護師であるわたしはPAPRを使えることになった。それでも、PAPRは台数が限られているのが気がかりだ。休憩時間を利用して、念のためにN95マスクの装着法の指導を受けに行くことにしたが、この講義は今週、ずっと長蛇の列ができている。
ここではマスクの適切な着け方を教わるだけだと思っていたが、実際にはもっと大掛かりなものだった。N95マスクの上に、大きな白いフードをかぶるよう指示される。マスクの密閉性を確かめるために、スーパーバイザーがフードの穴から試験薬をスプレーして、こちらが苦味を感じるかどうかをチェックする。わたしたちは頭を上下左右に動かしたり、そこらへんを歩き回ったりしてみる。何度かやり直してから、ようやく完璧に密閉できた。
一般の人たちは自分で使うためにN95を買っても、装着の仕方を教わっていない。彼らは、自分が守られていると勘違いしているが、マスク装着時のちょっとしたミスが、命取りになることもあるのだ。(参考記事:「新型コロナ、マスク自作に際し知っておきたいこと」)
午後5時30分
別の手術の後、COVID-19患者を担当するユニットの医療従事者が使用する個人用保護具の着脱法の講習へ急ぐ。まず手指の衛生管理、それから黄色のガウン、何重もの手袋、手術用キャップ、再利用可能な保護マスク、フェイスシールドの着用を練習し、手順を覚え込む。保護具を外すのは、さらに念入りな作業になる。
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