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先頭を歩く荻田泰永は一定のペースで進み続けるが、ソリの重さは個々のメンバーの2倍近くあった。(Photograph by Yosuke Kashiwakura)
2018年1月に南極点への無補給単独徒歩を日本人で初めて成功させた冒険家の荻田泰永氏。彼が次に挑んだのは、12人の若者を北極圏に連れていくことでした。この遠征の始まりから最後まで同行した写真家の柏倉陽介氏が、ひとりの女性メンバーの心情の変化を振り返ります。(文・写真=柏倉陽介)
冒険家の荻田泰永はこの春、12人の若者を北極圏へ連れ立ち、600キロを踏破した。
「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」と銘打たれたこの遠征は、カナダ最北端のバフィン島を舞台に、各々が荷物を満載にしたソリを引きながら1カ月近く歩くというものだ。途中にあるのは小さな町がひとつだけ。その町を過ぎれば、ゴールの町クライドリバーまで無人地帯が延々と続く。
荻田といえば2018年に日本人として初めて南極点への無補給単独徒歩を成功させ、「植村直己冒険賞」を受賞し、これまで何度も北極遠征をしてきた、いわば「極地冒険家」。『北極男』や『考える脚』といった著書もある。
そんな彼が、なぜ若者を北極へ連れていこうと思ったのか。「かつて大場さんからきっかけをもらったように、今度は自分が若者に冒険の舞台を用意したい」と、荻田は語る。荻田が極地への挑戦を始めたのは22歳の時、冒険家の大場満郎氏と北極圏を歩く企画に参加したのが最初だった。
荻田は今回の遠征に際し特に参加募集をかけず、自らのアンテナで情報をキャッチし、コンタクトを取ってきた志願者だけで構成することにした。それにも関わらず、日本全国から話を聞きつけた若者が荻田のもとに集まってきたのだ。驚いたのは、ほとんどがテントの張り方すら知らないアウトドア未経験者ばかりだったこと。この点について荻田は「はじめはみんな未体験だからね。大丈夫!」と意に介していない様子だった。
参加メンバーの12名は女性2人を含む、19歳の学生から28歳の会社員まで実にさまざま。その中で不思議な存在感を放っていたのが東京藝術大学一年生の松永いさぎだった。小柄でもの静かな佇まいは、メンバーの中で最も冒険の世界とは無縁に思えたからだ。
彼女が北極に関心を持つようになったのは荻田の著書『北極男』を読んだことだった。それから荻田のトークショーにも足を運ぶようになり、南極遠征報告会でこの遠征企画を知り、その場で参加を決意した。理由について、松永はこう語る。「冒険に行くというより、北極圏に立ってみたい。想像や情報では得られない北極の姿を自分の目で確かめたかったんです」