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鼻をからませて親愛の情を交わす若いゾウたち。(Photograph by Yosuke Kashiwakura)

ボルネオは持続可能な島になれるのか? 森と動物たちの保護の現場を旅する 写真17点

2019.07.30

オランウータンやテングザルをはじめ独自の豊かな生態系をもつ一方で、アブラヤシ栽培のために広大な森林が伐採されてきた、東南アジアのボルネオ島。人と自然が共存するための努力は少しずつ実を結びつつある。現地の森や保護施設を旅した。(文:腰本文子、写真:柏倉陽介、提供:サラヤ)

 ボルネオ島の玄関口、コタキナバル空港から飛行機を乗り継ぎ、マレーシア、サバ州北東部の街、サンダカンに飛んだ。この街の郊外に、ボルネオ・エコツーリズムの原点とも言える、セピロク・オランウータン・リハビリテーション・センターはある。

セピロク・オランウータン・リハビリテーション・センター。(Photograph by Yosuke Kashiwakura)

 マレーシア語で“森の人”を意味するオランウータン。かつては東南アジアに広く生息していたと言われるが、森林伐採とプランテーションの開発などにより棲み家の森が激減し、今ではボルネオ島(マレーシア、インドネシア)とスマトラ島(インドネシア)の北部でしか、その姿を見ることができない。セピロク・オランウータン・リハビリテーション・センターは、1964年、密猟や病気などで親を失ったオランウータンの孤児を保護し、再び森に帰る訓練をさせる目的で設立された、世界初のオランウータンのリハビリ施設だ。センターの一部は一般公開されており、森林内に設置されたプラットフォーム(給餌台)と、2014年に新設された「屋内保育園」に集まるオランウータンの行動を観察することができる。

「セピロク」を訪れたとき、ちょうど屋内保育園の給餌タイムが始まっていた。バナナがどっさり置かれたテラスに、ロープを伝って次々と現れるオランウータンの子どもたち。バナナを頬張るのに夢中なオランウータンもいれば、食べ物には目もくれず、長い手を器用に使い、ロープにぶら下がって遊ぶオランウータンもいる。なかには、愛くるしい目をくりくりさせながら、取っ組み合ってじゃれ合う子どもたちも。その姿は、やんちゃな人間の幼児とそっくりだ。

スタッフの手を借りて訓練中のオランウータンの子ども。セピロク・オランウータン・リハビリテーション・センターで撮影。(Photograph by Yosuke Kashiwakura)

 屋内保育園は、主に3歳未満の個体が、木登りの技を習得したり、森の環境に慣れるための場所。幼いうちに孤児になったオランウータンの中には、本来の暮らしの舞台である森に恐怖心を抱く子もいるからだ。

 保育園デビューの前に行われる手厚いケアも重要だ。不法に捕獲された者、病気やけがで保護された者など、センターが受け入れたオランウータンの孤児は、まず獣医によるメディカルチェックを受け、感染症にかかっていないかなど、入念な検査のために3〜6カ月間隔離される。その結果を見ながら、それぞれに必要なリハビリのステップが決められる。

(Photograph by Yosuke Kashiwakura)

 生まれて間もない孤児は、人間の赤ちゃんと同じように、スタッフが母親の代わりにミルクを与え、おむつも替える。頻繁に授乳が必要なうちは係員が家に連れて帰って面倒を見る。その後、屋内保育園で基本的な生活術を習得したオランウータン(主に3歳以上の個体)は、野外飼育場に移される。この段階で人間からの給餌を徐々に減らし、自力で餌を見つける訓練をさせる。そうやって森での生活を実践していくうちに徐々に人間の手を離れていく。最終的にオランウータンが完全に自立できるようになるまでサポートすることが、この施設のミッションだ。

次ページ:森で生き抜く術を育成する学校

もっと見る:ボルネオで見た「自然と共生への希望」

この記事の写真を担当した写真家、柏倉陽介氏はボルネオ島で何を感じたか。さらなる写真とその撮影秘話を、ミュージシャンの松室政哉氏、サラヤの廣岡竜也氏と語り合う。[AD]

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