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魏公村地区にあるノン・イン核シェルターの自室で、ベッドに座るシェンさん(23)。多くの若者がより豊かな生活を求め、地方を後にして北京に移住している。(PHOTOGRAPH BY ANTONIO FACCILONGO)

核シェルターで暮らす中国の人々、冷戦時代の遺物に100万人 写真16点

2018.08.17

 冷戦中の1960年代後半から70年代、中国では、核兵器が使用された場合に放射性降下物が生じ、街が荒廃してしまう事態が危惧されていた。毛沢東主席は中国国内の都市に、核爆弾の爆発に耐えられるシェルター付きアパートを建てるよう指示。程なくして、北京だけでおよそ1万カ所の地下シェルターが建設された。(参考記事:「潜入! スイスに残る秘密の地下要塞 写真24点」

 その後、中国が広い世界に扉を開いた80年代初め、中国国防部は、これを機に民間の家主にシェルターを貸し出すことにした。放射性物質から逃れる隠れ家として作られた空間を小さな住居に作り替え、利益を得たいという家主が多かったのだ。

 そして今、夜になると、100万を超す人たちが、北京の慌ただしい通りから地下の世界へと消えていく。大半が移民の労働者か、地方から出てきた学生たちだ。地上の世界にいると、その暮らしぶりを知ることはほとんどない。(参考記事:「閉ざされた地下世界、郵便鉄道と巨大シェルター」

 こうした状況に興味を抱いたイタリア人写真家のアントニオ・ファシロンゴ氏は、2015年12月、地下の暮らしを記録しようと北京にやって来た。地下シェルターは街のほぼ全域にあり、見つけるのは難しくなかったが、中に入るには大きな障壁があることが分かった。

 ファシロンゴ氏がどこを訪ねても、このような核シェルターに外国人が入ることは法律で禁じられているという理由で警備員に追い返された。落胆したファシロンゴ氏は地元の役所に正式な申請書を提出したが、断られた。氏はついに、警備員が昼食で離れたすきに忍び込んだ。(参考記事:「核の亡霊――世界の核実験の4分の1が行われた土地は今 写真24点」

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中国、北京の魏公村地区。こうした建物の地下に核シェルターがある。(PHOTOGRAPH BY ANTONIO FACCILONGO)

 しかし、ファシロンゴ氏が中に入れるようになってからも、多くの住人は写真に撮られることを警戒し、中には困惑する人もいた。

「150人ほどに会いましたが、撮影に応じてくれたのは50人だけでした」とファシロンゴ氏は話す。「中には不安がっている人もいました。いい仕事に就いて、いいアパートに住んでいると、田舎の家族に伝えていたからです」

 実際、地下シェルターでの生活環境は厳しい。戦時や放射性物質の降下に備えて数カ月暮らせるよう作られただけあり、電気、配管、下水設備はあるが、適切な換気装置がないため、空気がよどみ、かび臭い。共同で使う台所やトイレは往々にして狭苦しく、不衛生だ。

 地元の法律は、最低限の居住スペースを借家人1人あたり4平方メートルと定めているが、無視されていることが多い。ファシロンゴ氏が撮った人たちの中に、4歳のジンジンちゃんがいる。祖母、父、弟と暮らす部屋は、ベッド1台が入るだけの狭さだ。この家の隣にはもっと広い空間があるが、オートバイの駐車場として使われている。「これまで訪れた中でも、最も貧しい場所の1つです」とファシロンゴ氏は話す。(参考記事:「香港にひそむ貧困、1畳間に暮らす人たち 写真22点」

 中国政府は2010年、家主がこうした状態を放置していることや、安全上の欠陥があることを問題視し、核シェルターやその他の格納スペースを住宅に利用することを禁じた。しかし、シェルターの一掃は難しく、今のところ成果は上がっていない。大きな理由は、地下シェルターの住人たちには、他に行き場がないことだ。

 この数十年で、北京の住宅価格は高騰している。住宅用不動産の価格は2017年の時点で1平方メートルあたり平均5820ドル(65万円弱)と、世界で3番目に高い都市になっているのだ。

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地下のカラオケバーで交流する学生たち。(PHOTOGRAPH BY ANTONIO FACCILONGO)

 それでも、より大きなチャンスを求めて地方から首都へ移ってくる人々は無数にいる。しかし「戸口」という時代遅れの戸籍制度では、個人の福祉援助などの社会保障は、出生地と結びつけられている。

 そして、手ごろな価格の公営住宅に入居する機会も限られているため、移住労働者にとって、地下の核シェルターは数少ない現実的な選択肢の1つなのだ。ファシロンゴ氏によると、小さな部屋は1カ月わずか40ドル(4400円程度)。もっと広い、10人ほど暮らせる共同部屋なら、月にたった20ドル(2200円程度)で入れるという。

 住人の多くは野心に燃える若者たちで、地下暮らしは人生の中の移行期にすぎないと考えている。経済力がつけば、窓があり日光が差す部屋に移るつもりだ。

 最近は新たに、空いたシェルターをコミュニティーセンターに転用しようという団体が現れている。ファシロンゴ氏が見た中には、ダイニングルーム、ビリヤード場、カラオケ店や書道教室になったスペースがあった。

 こうしたセンターができたことで、北京のコンクリートジャングルに暮らす住民たちの間に、いくぶん硬直的な社会階層を超えて付き合う機会が生まれている。ファシロンゴ氏の言葉を借りれば、「地下シェルターは、“富める者も貧しい者も家を見つけられる”場所となり、社会を団結させる力になっている」のだ。

【参考動画】「中国の死海」とも呼ばれる塩湖が虹色に。その理由は?(解説は英語です)

【この記事の写真をもっと見る】ギャラリー:核シェルターで暮らす中国の人々、冷戦時代の遺物に100万人 あと13点

文=YE MING、写真=ANTONIO FACCILONGO/訳=高野夏美

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