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写真館で撮影された力士たちと行司。行司の男性は軍配を手にしている。(PHOTOGRAPH FROM PHELPS COLLECTION, NATIONAL GEOGRAPHIC SOCIETY ARCHIVES)

140年前のニッポン新婚旅行、貴重な写真23点

2018.06.06
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 リビングストンとエリザベスは、戦争が終わるまでローマで静かに暮らした。1921年にハリスが2人を訴えようと決断しなければ、その生活が長く続いたことだろう。

 父に毎年一定額を支払うという1912年の合意を、リビングストンが守っていないというのがハリスの主張だった。訴訟の結果ははっきりしないが、リビングストンが譲歩したらしい。妻エリザベスはその年の終わりごろに亡くなっているが、妻に先立たれた悲しみを実父との激しい法廷闘争で紛らわせたようには見えない。

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19世紀後半の日本の生活を撮った写真のアルバム。ナショナル ジオグラフィックのアーカイブを閲覧したある日本人によると、髪型からして1860年代撮影の古い物が含まれているかもしれないという。(PHOTOGRAPH BY REBECCA HALE)

 1929年、ハリス・フェルプスは84歳で死去した。妻よりも息子よりも長い人生だった。ハリスは全てを息子に遺した。その1つが、几帳面すぎる目録付きの蔵書だった。そこにあった新婚旅行のアルバムを、リビングストンは終生大切にした。

影を追って

 60代後半になったリビングストンは、海の向こうのナショナル ジオグラフィック協会に手紙を書き、アルバムを収蔵してくれるよう、何年もかけて切々と求めた。それによって両親が記憶されるようにと願ってのことだった。そんな経緯を筆者から聞いたジェブ・ビショップ氏は、「いい話ですね」と静かに言った。

 ビショップ氏のフルネームはジェームズ・ドゥエーン・ペル・ビショップ3世。彼の4代前の先祖がエレノアといとこ同士だった。ワシントンD.C.のウェブ開発者で、熱心な家系学者でもある。自身の祖父から「古き良き日々」の矛盾の多い話を聞いたことがきっかけで、家族の伝承を記録しようと思い立った。その取り組みはもう10年に及んでいる。

「私はただ、率直な事実をすくい上げたかったのです」とビショップ氏は言う。「真実に到達し、構造を知るのが好きなのです」

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手で彩色された富士山の写真。手前では2人の人物が小舟に乗っている。(PHOTOGRAPH FROM PHELPS COLLECTION, NATIONAL GEOGRAPHIC SOCIETY ARCHIVES)

 そうした性質は、リビングストンももっていたようだ。彼は両親から遺されたものを1つ1つ調べ、自分が生まれる前に両親が集めた写真を見、何かを探す。2人は愛し合っていたのか。一緒にいて幸せだったのか。ビショップ氏のようにパズルを解こうとしたり、膨大な歴史に触れようとしたりしたのだろう。それは経験という、私たちが決して到達も追体験もできない深い井戸だ。

 2度の大戦、大恐慌、肉親全員の死に見舞われたリビングストン・フェルプスは、1960年4月13日、心不全のためスイスで亡くなった。愛する母を47年前に亡くしたのと、ちょうど同じ日だった。第2次大戦の間、リビングストンが慰めを見出したジュネーブの図書館が、彼の遺産の唯一の受取人だった。日記や書簡、そしておそらくは12万5000ドル(今の100万ドルに相当)の遺産など、一家に争いをもたらした財産の残り全てが同館に渡った。

 子どもも、著名な業績もないリビングストンは、両親の思い出と共に歴史に埋もれていたかもしれない。ハリスとエレノアが残した写真がなければ。

「ある種のタイムワープであり、魔法のようです」とビショップ氏は言う。「私たちは、振り返って影を見つめているのです」

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文=Rachel Brown/訳=高野夏美

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