Photo Stories 撮影ストーリー

2006年に自身の母親が急逝したのを受けて、写真集『Maybe』が生まれた。死を目前に控えたさまざまな「未来の自分」を撮影した。(PHOTOGRAPH BY PHILLIP TOLEDANO)
喪失を越えた写真家をつき動かすものは何か
2017.01.26
写真家のフィリップ・トレダノ氏は、芸術家としての自分に求められているものは何かについて、よく考えるという。例えば、人生とその側面――笑い、迷い、弱さ、そして愛――をどうすれば正確に作品に反映させることができるだろうか。
トレダノ氏は、10歳の頃から写真を撮り続けている。雑誌の切り抜きや人形を寄せ集めて、アルプスの風景に見立てて撮影したのが初めての写真だった。そして2016年には、ナショナル ジオグラフィック誌11月号の特集記事「火星移住 人類の挑戦」に携わった。彼のビジョンから生まれた写真は、まさに魔法のような、というほかない。
両親の死を経験して以来、トレダノ氏の作品の多くは内省的で個人的なものへと変化していった。
「父と一緒にした仕事が、私の進む方向を変えました」。老いていく父親を記録した作品集『Days With My Father(父との日々)』について、トレダノ氏はそう語っている。「自分が何者であるか、どんな風に話すか、芸術家として何をするか、ということが変わったのです」
トレダノ氏の作品を見ながら、何が彼をつき動かすのか、話を聞いた。
――これまで撮影したなかで、初めて自分にとって大切だと思った写真は何ですか。
10歳の時、両親に頼み込んで中古のカメラを買ってもらいました。さっそく、スキー雑誌に載っていた美しい雪山の写真を切り取って背景にして、その前に雪のつもりで小麦粉をまき、雰囲気を出すために小さな人形を置いてみました。そして、全体の場面を写真に撮りました。
母にきっぱりと「時間の無駄だわ」と言われたのを覚えています。小さな子どもにとってはとても励みになる言葉でしたね。
――写真家になっていなかったら、何になっていたと思いますか。
今でも広告業界にいたと思います。アートディレクターか、制作関係か。それが私の前職でした。34歳の時に仕事を辞めて写真家になりました。
――あなたに最も影響を与えた人物は誰ですか。
おそらく、父親でしょう。彼も芸術家でした。父が絵筆やペンで絵を描くのを見て育ちました。父の芸術についてよく話をしたものです。個展やスタジオにも行きましたし、美術館やギャラリーにも連れて行ってもらいました。父を通して、私が出来上がったのだと思います。
――完璧な写真とは何だと思いますか。
完璧な写真には、謎や驚きがあります。そうでなければ、一面的なものになってしまうでしょう。あまり満たされない、熱量の低い価値しかありません。
写真は、文章が途中で終わっているようなものがいいです。全ての情報を見る者に与えないことで、魔法のような化学反応が起こります。見る側が、関わり、期待し、飛び跳ねるようなものでないと。
――写真への情熱をかき立てるものは何ですか。
何かを作るのが好きです。また、何かを明らかにするのが好きです。
芸術家になりたいという夢は常に持っていました。特に写真に限定していたわけではありませんが、仕事をしていると、写真がいつも自分の道具箱の中に入っていました。写真を撮るというよりも、何かを作るという部分が好きです。
――現地へ行った時、最も大切な持ち物は何ですか。
暖かい靴下です。足先の冷えに悩まされるので、冬は嫌いです。つま先がいつも冷たいです。
撮影中はトランス状態のようになるので、体の感覚は気になりません。とてもじゃないが耐えられないという状況でもない限り、何とも思わないのです。ところがカメラを置いた瞬間、つま先の冷えが襲ってきます。
――新人の写真家へアドバイスするとしたらどんなことでしょうか。
何か変わったものを見つける必要はありません。何か新しいことを言えばいいのです。
今の時代に通用するものは、アイデアです。スタイルを真似することは誰にでもできます。ホームレスの人々を撮ったり、キューバへ行って撮影するのは誰でもできるのです。
けれども、何か独特なアイデアがあれば、それが人々に受け入れられるでしょう。