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オーストラリア南部の地下住居。鉱山で働く夫の帰りを待つガブリエル・グーラインさん。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)

荒野の地下都市の不思議な生活14点、オーストラリア

2017.01.09
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 オーストラリア南部の広い砂漠に、その小さな町、クーバー・ペディはある。

 最寄りの町から800キロ以上離れ、夏になると日陰でも気温が45℃まで上がり、厳しい暑さのために人影は消える。核戦争後の世界を描いたオーストラリア映画『マッドマックス/サンダードーム』のロケ地にも近く、荒涼とした風景が広がる。

2016年初めにクーバー・ペディを突然襲った大雨は、町の年間降水量の半分に当たる雨をたった2日でもたらした。鉱山労働者は、地面が乾くまで仕事に戻ることができなかった。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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 女性写真家、タマラ・メリノ氏がこの町を見つけたのは偶然だった。男友達と一緒にオーストラリアの砂漠を車で横断していたとき、タイヤがパンクしてしまった。助けを求めて周辺を探してみると、「地下バー」「地下レストラン」と書かれた古びた看板が目に留まった。ろうそくがともされた地下教会や、扉の付いた低い丘がいくつも見つかったが、あたりに人の気配はなかった。

 それから5日間、2人はエアコンの効かない1985年製のキャンピングカーに寝泊まりした。毒グモや毒ヘビが入ってこないように、車の窓は閉め切っていた。「散々な5日間でしたが、その後待っていた出会いはとても貴重なものでした」と、メリノ氏は振り返る。

 6日目。彼女らはギャビーというドイツ人女性に遭遇した。夫と一緒にここに住んで数年になるという。ドイツ語を少し話すメリノ氏はギャビーさんとすぐに打ち解け、男友達と一緒にギャビーさんの自宅に招かれた。こうして2人はようやく暑さから逃れることができた。(参考記事:「ようこそ、パリの地下世界へ」

オパールを見逃すまいと、洞窟の壁を丹念に調べるゴラン・ダコビッツさんは、旧ユーゴスラビアの鉱山労働者だった。3年以上もここで一人きりで働き、オパールをいくつも掘り当てた。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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 メリノ氏はその時初めて、クーバー・ペディの住民のほとんどが「ダッグアウト」と呼ばれる地下の住居に暮らしていることを知った。「家の中に足を踏み入れた時は、信じられませんでした。まるで洞窟そのものだったんです」

 砂岩に穴を掘って造られた家は、厳しい暑さをしのぐことができる。しかし、そもそもなぜ人々はこんな土地に住むようになり、町まで造ってしまったのか。秘密は、オパール鉱山にあった。(参考記事:「カッパドキアに新たな地下都市、過去最大と推定」

オパール鉱山に掘られた深さ20メートルの縦穴に降りるための準備をするユルゲン・フェルドハイムさん、ドイツ人。町の人口の約60%が、第2次大戦以降にヨーロッパから移り住んだ人々という。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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掘削機を使ってオパールを探すダコビッツさん。この機械を使うとより広い表面を削ることができて、発見率も高くなる。
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オパールは、世界でも最も価値の高い宝石のひとつ。種類、色、重さによって価格は大きく変わってくる。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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 この地でオパールが見つかったのは1915年のこと。それをきっかけに富を求める人々が集まってきて、採鉱ブームが起こった(クーバー・ペディという名は、先住民アボリジニの言葉で『穴の中の白人』を意味する『クパ・ピティ』が西洋風に訛ったもの)。初めの頃は、塹壕を掘り、その中で生きる術を身に付けた第1次世界大戦の帰還兵たちの姿もあった。オパールが見つかると盗賊の手から守るため、銃を片手に夜を明かした。当時のクーバー・ペディは、開拓時代の米国西部のようだったという。

1993年にセルビア人コミュニティによって造られた地下の正教会。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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上空から見た鉱山。クーバー・ペディは、世界最大のオパール産地である。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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 やがてオパールの生産量は減り、採鉱ブームは去った。経済的に不安定で厳しい肉体労働の生活に自ら飛び込もうという若者は少なく、オパール産業は衰退しつつある。それでも、世界のオパールの70%が今もクーバー・ペディで産出していると推定され、観光業とともに町を支え続けている。

 ギャビーさんの夫ユルゲンさんも、オパール採鉱者のひとりだ。メリノ氏はユルゲンさんに案内され、電動巻き上げ機で地下15メートルの作業現場へ降りた。「45秒間の下降は永遠に感じられました」と、メリノ氏は振り返る。「穴の入り口にはライトが2つあるだけ。真っ暗闇の坑道を懐中電灯片手に歩くのは、まるで出口のない迷路をさまよっているかのようでした」(参考記事:「フォトギャラリー:神々しく美しい地下の採掘坑」

イタリアからの移民のジョー・ロセットさん。地下に住み、クーバー・ペディ周辺の砂漠で自ら収集した化石やオパール、アンティーク品を展示する地下博物館を運営している。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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 この時クーバー・ペディに2週間滞在したメリノ氏は、再び同地を訪れて1カ月滞在した。顔見知りも少しずつ増えていった。そのうちのひとり、マーティン・ファゲッターさんは、地下25メートルに掘られた自宅の壁でオパールを探し続けて20年になる。「自分の銀行がすぐここにあるんです。シャベルさえ出してくればね」と語る。

 顔見知りが増えるほど、新しい話が出てくる。「この仕事には決まりがありません。人々は、誰かに雇われているわけでもありません」と、メリノ氏は説明する。「自分が働きたい時に働いて何かを探し出せばよいのです。その時地上が何時だろうと関係ありません。ひどく変わっていて奇妙な生活です。ある日突然百万長者になることもあれば、何年間も何も見つからずに過ぎてしまうこともあります」

イタリア移民のトニー・トラマグリーノさんは、この地下空間に豪華な家を造ることを夢見る。ジョー・ロセットさんのように、自分だけの博物館に自らが集めたオパールを展示したいと考えている。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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地下住居の壁にかけられた絵。トンネル掘削によって築かれた土の山が描かれている。
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掘削機が築いた土の山。オパールを探すため、200万本以上の穴が掘られた。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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 メリノ氏がこの土地に強く惹かれたのは、ここに住む人々と、彼らが情熱を傾けるものとの関係だ。「クーバー・ペディは、多くの人にとって新たな人生をスタートさせる場所なのです。オパールはそこらじゅうに眠っていて、見つけさえすればよい。富を得た人々は高級車に乗り、大きな家に住み、盛大なパーティーを開いて友だちを全員招待し、食べたり飲んだりします」

鉱山でオパールを探すギリシャ人のコスタさんとペーテルさん。昼間は気温が高すぎるため、作業は夕暮れに行われる。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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クーバー・ペディの風景に溶け込むトラックや自動車、その他の廃品。再利用されるのを待っている。(PHOTOGRAPH BY TAMARA MERINO)
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「けれども、そのような幸運に恵まれない人々もいます。大きな夢を抱いてやってきても、何も見つけられません。また、たくさんのお金を稼いでも、機械などの費用に持っていかれたり、パーティーやギャンブル、酒につぎ込んで一文無しになってしまう人もいます。石ころひとつで人々が大きな喜びを得たり、深い悲しみに突き落とされたりするという事実に驚きを覚えます。何とかしてそんな人々に会って、地下の生活について話を聞いてみたいと思いました。彼らの一部になってみたいと思い、それを実現させることができました」(参考記事:「ドローンで空撮、巨大洞窟の鳥肌ものの地下世界」

You can see more of Tamara Merino's photos on her website.

書籍『秘密の地下世界』

 パリの地下通路や地下墓所など大都市の地下に眠る世界から、ガザ地区の密輸路などの紛争地の地下、イエローストーンの巨大マグマまで、ナショジオならではの視点で紹介します。

文=Alexa Keefe & Mallory Benedict/写真=Tamara Merino/訳=ルーバー荒井ハンナ

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