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ボールを手に走る選手。2017年決勝戦。(PHOTOGRAPH BY CLARA VANNUCCI, INSTITUTE)

サッカーの祖先、イタリア伝統の喧嘩フットボール 写真17点

2017.07.26

「カルチョ・ストーリコ」という言葉を一度も聞いたことがないという人でも、そこから派生したスポーツを何かしらやったことがあるはずだ。ルネサンス時代にイタリアで生まれたこのスポーツは、ふたつのチームがフィールド上で対峙し、自陣を守りつつ敵のゴールを狙うという、いわゆるゴールゲーム全般の祖先にあたる。サッカー、ホッケー、ラクロス、ラグビー、そしてアメリカンフットボールはどれも、この同じテーマに則ったスポーツだ。(参考記事:「増加する脳震盪、対策を進めるNFL」

2016年の決勝戦の開始を祝うアッズーリ(青チーム)のサポーター。(PHOTOGRAPH BY CLARA VANNUCCI, INSTITUTE)
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 とはいえカルチョ・ストーリコにおける戦いとは、真の意味での格闘であり、しかもそれはホッケーやフットボールの場合のように、試合中に生じる副産物ではない。むしろ格闘こそ、このゲームの主役なのだ。「観客たちはそれを目当てに集まるのです」。幼い頃からカルチョ・ストーリコを観戦し、3年ほど前からその写真を撮り始めたイタリア人カメラマン、クラーラ・ヴァンヌッチ氏はそう語る。

 試合のルールは以下の通りだ。それぞれ27人からなる2つのチームが、長方形のフィールドの異なるサイドに分かれて試合は始まる。ボールが置かれるのは中央だ。50分間にわたり、筋骨隆々とした男たちがあらゆる手段を尽くして、相手チームのゴールネットにボールを放り込むために競い合う。かつては試合の参加者はフィレンツェ生まれの市民に限られていたが、現在は各チーム2名ずつの外部選手の参加が認められている。得点は重要ではあるが、観衆が注目するのはやはり取っ組み合いの戦いだ。6月に行われた試合では、ある地元チームがイギリスからプロの総合格闘技選手を引き抜いてきた。その選手は血だらけになっても戦い続け、フィールドの上を今にも気絶しそうにふらふらと歩きながら、新たな敵を見つけては襲いかかっていった。

2015年の決勝戦前に行われたコルテオ(行列)。(PHOTOGRAPH BY CLARA VANNUCCI, INSTITUTE)
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 試合が終わる頃には、選手たちが顔から血を流していたり、手足を骨折していたりするのは当たり前で、骨が皮膚を突き破っていることもある。彼らはいったい、なぜそこまでするのだろうか?

 昔からこのゲームの勝者には、牛、少しばかりの金、パーリオと呼ばれる絵の描かれた旗のようなものが贈られることになっているが、彼らの目的は賞品ではない。大半のスポーツがそうであるように、カルチョ・ストーリコにおいてもっとも価値があるとされるのは栄誉だ。試合に勝って、それからの1年間、地元の伝説となることには、値段の付けられない価値がある。(参考記事:「『男らしさ』への道」

2016年決勝戦の乱闘。(PHOTOGRAPH BY CLARA VANNUCCI, INSTITUTE)
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 果たしてカルチョ・ストーリコとは何ものか。多くの現代スポーツの祖先となった多大な影響力を持つスポーツなのか、それとも、穏やかで繊細なスポーツの台頭とともに存在感が薄れていった野蛮なスポーツなのだろうか。答えは、おそらくその両方だ。それにしてもイタリア人は、なぜこうした血なまぐさいスポーツを、フィレンツェの中心にあるサンタ・クローチェ広場のような公共の場でやりたがるのだろうか。それは彼らがこのゲームの歴史に息づく文化に、大いに誇りを抱いているからだ。またヴァンヌッチ氏はこう述べている。「これは誰もが持っている動物的な一面を外にさらけ出すための手段なのです――それは観衆にも、選手にも言えることです」。日常生活では犯罪とされる激しい暴力も、この日ばかりは、市長がやってきて声援を送る行為となる。(参考記事:「ルネサンスの奇跡 フィレンツェ『花の大聖堂』」

2016年の決勝戦を終え、勝利を祝うビアンキ(白チーム)。(PHOTOGRAPH BY CLARA VANNUCCI, INSTITUTE)
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