サメの大半は生態が謎に包まれている。ニシオンデンザメ(Somniosus microcephalus)も例外ではないが、このサメについて最近わかってきたことは、驚くべき事実ばかりだ。
北極圏に暮らすニシオンデンザメは400年以上も生きることができ、目に寄生する生物のせいでしばしば視力を失うことがこの数十年で判明した。また、主食は魚やイカだが、ウマ、トナカイ、さらにはホッキョクグマなど、哺乳類の死骸も食べることが知られている。(参考記事:「のろいサメ、眠ったアザラシを捕食?」)
最新の驚きは2022年春、既知の生息域から何千キロも離れたカリブ海西部でニシオンデンザメが発見されたことだ。このサメについては何が起きてもおかしくないと科学者たちは学んでいたが、それでも、この発見は衝撃的だった。
「驚いただけでなく、興奮しました」と米フロリダ国際大学の博士候補生であるデバンシ・カサナ氏は語る。カサナ氏はベリーズの漁師たちとともにイタチザメのタグ付けを行っていたとき、ニシオンデンザメを偶然捕獲した。この発見は7月15日付けで学術誌「Marine Biology」に発表された。
カサナ氏はサメの同定に必要なDNAサンプルを採取できなかったが、写真を見たサメの専門家たちは、ニシオンデンザメである可能性が極めて高いと考えている。この予想外の遭遇は、かつて北大西洋の氷海に限定されていると信じられていたニシオンデンザメの生息域について議論を起こすものだ。
驚きの遭遇
遭遇の現場は、世界で2番目に長いサンゴ礁からほど近いベリーズの南岸沖だ。イタチザメを調べるため、カサナ氏は一部水没した環礁、グローバーズ・リーフの沖にある深海にはえ縄を仕掛けていた。当日、天候は荒れ模様で、一行は予定していた引き上げを諦めようと思っていた。しかし、その後、仕掛けを上げることにした。
「何か重いものが掛かっているとすぐにわかりました」とカサナ氏の研究を手伝う漁師のヘクトル・マルティネス氏は振り返る。はえ縄の巻き上げ機が限界近くまで踏ん張りながら、獲物を引き上げようとした。2時間に及ぶ格闘の末、ついにサメが姿を現した。
サメと対面したカサナ氏らは、自分たちが何を目にしているのかよくわからなかった。「あの個体が水面に現れたとき、皆の経験に基づく知恵を結集しても、何という種なのかわかりませんでした」
カサナ氏は当初、世界中の深海に生息するカグラザメかもしれないと考えた。そして、博士課程の指導教官で米フロリダ州モート海洋研究所・水族館でも研究を率いるデミアン・チャップマン氏に写真を送ったところ、カグラザメではないと言われた。チャップマン氏によれば、ニシオンデンザメである可能性が高いという。(参考記事:「謎多き深海のカグラザメ、潜水艇で予想以上に多く遭遇」)
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