米国テキサス州のビッグベンド国立公園で、夜明けにサウスリム・トレイルの頂から、メキシコ北部のチワワ砂漠を見晴らす。1944年に設立されたこの公園の面積は3200平方キロを超える。(PHOTOGRAPH BY BRYAN SCHUTMAAT)
米国テキサス州のビッグベンド国立公園で、夜明けにサウスリム・トレイルの頂から、メキシコ北部のチワワ砂漠を見晴らす。1944年に設立されたこの公園の面積は3200平方キロを超える。(PHOTOGRAPH BY BRYAN SCHUTMAAT)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年8月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

米国テキサス州のビッグベンド国立公園では、西部開拓時代の面影を残す驚きに満ちた景観が広がっている。

 アメリカクロクマの母親と2頭の子が、森の中で食べ物をあさっているところに出くわした。

 彼らは私の20メートルほど右手にいた。母グマは動きを止めたが、後ろ脚で立ち上がってこちらの様子をうかがうことはなかった。私が近づく音は聞こえていたはずで、母グマは私をじっと見た。私が不利な状況にあるのは明らかだった。

 10月のその日、私は朝から、米国テキサス州西部のビッグベンド国立公園内にある長さ20キロの登山道、サウスリム・トレイルを一人で歩いていた。公園に着いたのは夜明け頃で、途中、運転していると、オグロジャックウサギやオオミチバシリという走るのが得意な鳥が道路沿いを走っていて、まるで私を護衛してくれているようだった。トレイルの最初の2時間はずっと登り坂で、出会った生き物といえば、チョウと、セグロムクドリモドキのつがい、ソロキャンプ帰りのバックパッカーだけだった。

 サウスリムの頂では、メキシコ北部の砂漠の驚くほど緑豊かな風景を眺めながら休憩をとった。その頃には、反対側から登って来るハイカーたちもいて、そのうちの一人が、クマの母子を見たと教えてくれた。公園内には、至るところにクマに注意するように促す看板があるものの、ここにすむアメリカクロクマはせいぜい40頭ほどだ。30年近くこの公園に頻繁に通っている私自身、一度も出くわしたことがない。それにアメリカクロクマはめったに人を襲わない。

 ただ、テキサス州のマラソンという町で耳にした話が気になっていた。何日か前に、3頭の子のうちの1頭を失った母グマがいるという話だった。子グマはここから数キロ離れた場所で道路に迷い出て、車にひかれたそうだ。

 私は今、その母グマと向き合っていた。視線をそらし、普段通りの歩調でその場を離れながらも、クマは仕返しをするのだろうか、亡くした子を人間のように悼むのだろうかなどと、さまざまな思いが頭をよぎった。登山道はそこで急カーブになっていて、私は、家族を失ったクマの親子が、ゆっくりと森の奥へ消えるのを見守った。

 イエローストーンやデナリ、エバーグレーズといった米国の有名な国立公園で多様な野生生物についての理解を深めるのは素晴らしい経験だ。だが砂漠の中で生き物と出会うことには別の意味がある。砂漠での出会いは、生命が貴重なものであること、そして思ってもみない場所に存在することに気づかせてくれる。とりわけ、広さ3243平方キロのビッグベンド国立公園が位置するチワワ砂漠にすむ生き物たちは、しぶとく、忘れられない存在感がある。

 米国で27番目に設立された国立公園であるビッグベンドには、領土の保全という観点からも関心が向けられている。この公園が190キロにわたってメキシコと接する国境は、両国の国境全長の約6%を占める。

人里離れた険しい公園
人里離れた険しい公園
ビッグベンドは米国の国立公園のなかで、連続した土地としては最大級の広さをもち、最も辺ぴな場所にある公園の一つだ。公園内には一つの山地が丸ごと収まり、5億年前の化石が産出する。峡谷、砂漠、孤立した山地という、3種類のまったく異なる生態系が存在するため、極めて多様な生物が見られる。
(CHRISTINA SHINTANI, NGM STAFF; ERIC KNIGHT, 出典: JOSELYN FENSTERMACHER; NATIONAL PARK SERVICE; OPENSTREETMAP; ESA COPERNICUS)

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