夏の到来を受け、科学者たちは、米国西部の野生動物の間で、人間も感染しうるペストのアウトブレイク(集団感染)が増えるだろうと予測している。
ペストという単語に驚いた人もいるだろう。中央アジアからメソポタミア、イタリアにかけて2億人もの人々の命を奪い、1300年代半ばにヨーロッパの人口を半減させたこの病気は、歴史上の災厄というだけでなく、今も存在している。しかも、それほど珍しい病気ではない。
ペストが根絶されたことはなく、今でもプレーリードッグ、ジャックウサギ、コヨーテ、クロアシイタチなどの哺乳類、さらには人間の飼うペットの間でも感染が続いている。オセアニアと南極を除くすべての大陸で見られ、とくにマダガスカル、ペルー、コンゴ民主共和国では一般的な病気となっている。
米国の場合、大半の症例は晩春から初秋にかけて、西部のとくにニューメキシコ州、コロラド州、アリゾナ州、カリフォルニア州、オレゴン州、ネバダ州などで発生する。2021年8月には、カリフォルニア州当局が、シマリスの死骸が腺ペストの陽性反応を示したことからタホ湖の一部を閉鎖した。同月末には、ニューメキシコ州の住人がペストと診断された。原因はペットが持ち帰ったノミとみられている。
史上最悪の病気のひとつがアウトブレイクしたと聞けば恐ろしい気がするかもしれないが、抗生物質のおかげで、ペストにかかっても治療をすればまず死ぬことはない。米国疾病対策センター(CDC)によれば、現在米国では1年に平均7人の感染例がある(編注:日本の国立感染症研究所によれば、1927年以降、国内で感染例は報告されていない)。その大半は、ノミにかまれて感染し、「横痃(おうげん)」と呼ばれるリンパ節の腫れと痛みを特徴とする腺ペストだ。
「ペストは極めてまれな感染症です」と、北アリゾナ大学病原体・微生物叢研究所のデーブ・ワグナー氏は言う。「わたしはいつもこう言うんです。ペストの心配をする暇があったら、通りを渡る前に左右をよく見るようにしましょうと」
この珍しい病気の集団感染を促すきっかけは何で、人間にとってのリスクはどの程度なのだろうか。以下に知っておきたいことをまとめた。
どの動物が媒介するのか
エルシニア・ペスティス(Yersinia pestis)という細菌によって引き起こされるペストは、動物からヒトに感染する人獣共通感染症だ。症状としては腺ペストのほか、病原体が血流に侵入する敗血症型ペスト、肺で発症して、唯一人間同士の飛沫感染を起こしうる肺ペストがある。
クマネズミ(イエネズミの仲間)はこれまで、歴史上最も悲惨なペスト大流行の原因とされてきた。ただしクマネズミだけに責任があると考えるのは大きな間違いだと、ワグナー氏は言う。「ペストとは本質的に、げっ歯類とそこに付着しているノミの病気なのです」
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