米国アンカレジのアラスカ野生生物保護センターで、オスのジャコウウシ同士が頭突きをしている。オスは繁殖期にメスをめぐって争う。(PHOTOGRAPH BY DESIGN PICS INC, NATGEO COLLECTIVE)
米国アンカレジのアラスカ野生生物保護センターで、オスのジャコウウシ同士が頭突きをしている。オスは繁殖期にメスをめぐって争う。(PHOTOGRAPH BY DESIGN PICS INC, NATGEO COLLECTIVE)
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 北極圏に生息する毛むくじゃらの巨大な動物ジャコウウシ(Ovibos moschatus)。この動物のオスは繁殖期になると、互いに頭からぶつかり合い、鋭い角で相手を突く。1頭の体重が360キログラム、突進するときの速さは時速48キロメートルに達するにもかかわらずだ。

 その10~12年の寿命の間に、ジャコウウシのオスは約2100回も頭をぶつけることがあるという。ここである疑問が生じる。そんなに頭をぶつけて、脳が壊れないのだろうか?

「ジャコウウシやビッグホーン(オオツノヒツジ、Ovis canadensis)のように頭突きをする動物は、頭部の損傷に対して何らかの耐性があると思い込まれていました」と、米マウントサイナイ・アイカーン医科大学の神経科学者ニコール・アッカーマンズ氏は言う。「まるで彼らが魔法の角をもっているかのように思われていたのです」

 しかし、アッカーマンズ氏が調べたところ、これらの動物たちの脳損傷については研究例がないことがわかった。そこで氏らは、ハンターからの寄付や飼育下の研究用動物から、ジャコウウシとビッグホーンの脳を手に入れた。

「全ての標本で、ヒトにおける慢性の外傷性脳損傷(TBI)の初期によく似た特定のパターンを発見しました」とアッカーマンズ氏は言う。この成果をまとめた論文は2022年5月17日付けで医学誌「Acta Neuropathologica」に掲載された。

 この新たな研究は、ヒトの脳損傷をより深く理解するために非常に重要だとアッカーマンズ氏は言う。なぜなら、ウシ科の動物(ウシやヒツジなど)の脳は折りたたまれてシワがあり、滑らかな脳をもつマウスよりもヒトの脳に似ているからだ。

 同時にこの研究成果は、進化によって動物は驚くほど自滅的になりうるという証拠でもある。この点では、ジャコウウシは決して例外的な動物ではない。

「一度でも繁殖に成功すればそれでいい」

 アッカーマンズ氏の研究チームは、3頭のジャコウウシと4頭のビッグホーンの脳から外傷性脳損傷の指標となる物質を探した。アルツハイマー病や慢性外傷性脳症(CTE)などヒトの脳損傷のパターンは、ある化学物質で脳を染色することによって明らかにすることができる。特に今回、研究チームが探したのは「タウタンパク質」という指標物質だった。

「ニューロン(神経細胞)が、老化や遺伝的な問題、あるいは機械的な衝撃によって損傷し、引き裂かれると、タウタンパク質が分解され、塊になります」とアッカーマンズ氏は説明する。「そして、タウタンパク質の蓄積が特定のパターンで見られたら、その脳が正常か、老化しているか、アルツハイマー病か、潜在的な外傷性脳症かを見分けられます」

 残念ながらビッグホーンの脳では、今回の方法でタウタンパク質の蓄積はあまり検出できなかった。しかし、ジャコウウシの脳では、タウタンパク質がクリスマスツリーのように色を発した。

 頭突きのような自然な行動がこれほど有害でありうるのは、直感的には理屈に合わないと思うかもしれない。しかし、重要なのは長期的にみることだとアッカーマンズ氏は言う。

「毎年、ジャコウウシは何度も頭突きをしますが、一度でも繁殖に成功すればそれでいいのです」と氏は言う。「進化的に促されているのは、直ちに死なないことだけです」

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