3世紀建造の「ドルススのアーチ」が、アッピア街道に沿って整備を進める全長580キロのウォーキング・コースの起点だ。往時の街道の起点はまだ発掘されていない。(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA)
3世紀建造の「ドルススのアーチ」が、アッピア街道に沿って整備を進める全長580キロのウォーキング・コースの起点だ。往時の街道の起点はまだ発掘されていない。(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

強大なローマ帝国を象徴する存在だったアッピア街道。イタリア政府は今、この古代の幹線道路をよみがえらせ、栄光の歴史をたどるウォーキング・コースにする考えだ。

 ローマ郊外のマクドナルドを訪ねた。ガラス張りの床の下をのぞき込むと、古代ローマ時代の道の敷石と側溝に埋まった人骨が見える。

 これは欧州最初の幹線道路となったアッピア街道の遺構だ。紀元前312年に建設が始まり、ローマを起点にイタリア南部を横断し、港湾都市ブリンディシへと至る同街道は、「すべての道はローマに通ず」という言葉を生んだ道路網「ローマ街道」の一部でもある。だが、その遺産はほとんど顧みられず、歴史の下に埋もれてきた。

 イタリア政府は今、このアッピア街道を再興し、ローマからブリンディシへのにぎやかなウォーキング・コースにする計画を進めている。約580キロの道程で、アッピア街道は森に囲まれた未舗装道路や、町の広場、現代の幹線道路といった、いくつもの顔を見せる。全行程が風光明媚(めいび)だったり心地よかったりするわけではないが、そこを歩けば、観光客にはあまり知られていないイタリアにたっぷりと浸ることができる。

旧アッピア街道考古学公園内に残る古代ローマの水道橋の遺構。ローマの中心から数キロ南にあるこの公園に、観光客が訪れることはあまりなく、地元住民たちの憩いの場となっている。(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA)
旧アッピア街道考古学公園内に残る古代ローマの水道橋の遺構。ローマの中心から数キロ南にあるこの公園に、観光客が訪れることはあまりなく、地元住民たちの憩いの場となっている。(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA)

 とはいえ、人々を呼ぶに先立ち、イタリア政府はまずアッピア街道を発掘し、場合によっては発見しなければならない。だからこそ、ある秋の朝、私はハンバーガー店から街道の遺構を見下ろすことになったのだ。ローマ市内においては、アッピア街道は保存状態の良い、全長約18キロの考古学公園になっている。この公園の最終区間は森に囲まれた坂道だ。そこを過ぎると、アッピア街道は80キロにわたってアスファルトの下におおかた消える。永遠の都ローマで街道を最後に目にすることができるのが、まさにマクドナルドの床の下なのだ。

 そこに横たわるのはアッピア街道の小さな支道で、近年、発掘と保存が進められている貴重な区間の一つだ。店のマネジャーに古代の敷石について尋ねると、彼は隅のテーブルに座る女性を呼んだ。女性は2014年に支道を発掘した考古学者のパメラ・チェリーノだと名乗った。彼女は遺構の今後の調査と保存について話し合うために、たまたま訪ねてきていたのだ。

 私たちは店を出て、古代の敷石に続く階段を下りた。「プロジェクトでは、街道を見たい人がマクドナルドに入らなくても見学できるように、わざとこのような設計にしたんです」と、チェリーノは説明した。側溝に横たわる3体の骨格は、彼女がそこで掘り出した人骨のレプリカだった。

 建設作業中に街道の一部が発見された当初、マクドナルドが営利目的で古代ローマの至宝を買いあさっているのではないかと地元の人々は案じた。しかし実際には、こうした遺跡は維持費がかさむので、見つかっても地権者が埋め戻してしまうことが多いと、チェリーノは話す。後で知ったのだが、往時のアッピア街道を垣間見られる場所は極めてまれだ。

I. ルート

 アッピア街道はイタリアの4つの州の都市や村々、山地や農地を通っている。その大半は交通量の多い国道7号線の下に埋もれているが、時には村の広場に立つ酒場の足元から、あるいは荒れた畑に敷かれた厚い防水布の下から、当時の敷石が見つかる。

ローマの中央修復研究所で、「哲学者の頭部」と呼ばれる胸像を修復するアドリアーノ・カサグランデ。この像はアッピア街道の起点から8キロほどの距離にあった邸宅の発掘中に見つかった。(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA)
ローマの中央修復研究所で、「哲学者の頭部」と呼ばれる胸像を修復するアドリアーノ・カサグランデ。この像はアッピア街道の起点から8キロほどの距離にあった邸宅の発掘中に見つかった。(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA)

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