この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2022年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
* * *
この特集は、ナショナル ジオグラフィックと国連開発計画の報道パートナーシップの下、取材されました。
インドネシアのジャワ島では北部沿岸が深刻な地盤沈下に見舞われている。失われつつある家と自分たちの歴史を守るため、苦闘する人々の姿を追った。
村人たちは埋葬に必要な土を手こぎボートに積んで運んで来なければならなかった。
ここはインドネシアの首都ジャカルタから約400キロ東にあるティンブルスロコ村。住民のムクミナが亡くなった2021年、この村の墓地は水没していた。地図上では中部ジャワ州の北部沿岸に位置するが、陸地だった村の周りのほとんどが、今はジャワ海の水面下にある。村から数百メートル離れた場所にある墓地は、その前年から干潮時でも冠水していた。
70歳代前半で他界したムクミナは、まだこの地に残るほかの高齢者たちと同じように、かつての豊かな村の田園風景を鮮明に覚えていただろう。村ではココナツやトウガラシ、キャベツ、ジャガイモなどが栽培されていた。
「種をまけば何だって育ちました」と村のリーダー、アッシャルは振り返る。まだ39歳の彼も、良き日々を記憶している。冠水は、この20年間で急速に進んだのだ。
ジャワ島の北部沿岸では、地盤沈下と海面上昇が同時に進行している。1000万人を超す人口を擁する首都ジャカルタは、すでに土地の4割が海抜を下回っているが、冠水被害が最も甚大な地域は、ティンブルスロコ村を含むドゥマック県だ。地球温暖化によって世界の平均海面が年に約3.5ミリ上昇する一方、同県の土地は10センチも沈み、毎年、面積の約0.5%に当たる400ヘクタール以上が失われている。
ティンブルスロコ村の人々は、1990年代に稲作ができなくなると水産養殖に転向し、汽水池でサバヒーという魚やウシエビを育てた。だが2000年代半ばには、その池も水没した。今や島の“本土”とは1.5キロ以上も離れてしまい、行き来するには手こぎボートが必要だ。家の中でぬれずに過ごせるよう、村人たちはデッキを設置したり、床の高さを1.8メートルもかさ上げしたりしている。以前は400世帯以上が暮らしていたが、今では約170世帯が残るだけだ。
ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の定期購読者*のみ、ご利用いただけます。
*定期購読者:年間購読、電子版月ぎめ、日経読者割引サービスをご利用中の方になります。
おすすめ関連書籍
都会に生きる野生動物/私たちはここにいる/海に消える愛する村/よみがえるアッピア街道/オートクロームの世界
コヨーテからクマまで、自然の生息域が縮小するなか人間のすぐ近くでうまく暮らしている動物たちがいます。特集「都会に生きる野生動物」でレポート。このほか、沿岸部の水没が著しいインドネシアのジャワ島、イタリア政府が再興する古代ローマのアッピア街道など5本の特集をお届けします。
定価:1,210円(税込)