ザトウクジラは何十年にも及ぶ乱獲で絶滅が危ぶまれたが、大きく復活を遂げた。しかし今、海水温の上昇で、これまで繁殖場としてきた熱帯の海を捨てなければならなくなるかもしれない。
5月10日付けで学術誌「Frontiers in Marine Science」に発表された最新の研究によると、海面水温の上昇により、多くのザトウクジラの繁殖場では21世紀末までに最適な水温域を超えてしまうという。ザトウクジラが繁殖場を選ぶ理由がまだ分かっていない中で、その影響を正確に見積もるのは難しい。餌場の温暖化や、他の人間活動からの影響も考えると、ザトウクジラの未来は決して安泰ではなさそうだ。
ザトウクジラは長い胸びれをもち、海から全身が飛び出すほどの大きなジャンプ(ブリーチング)で知られる。また、長くて複雑な鳴き声でも有名だ。主に沿岸水域を泳いでいるため、早くから商業捕鯨の格好の標的にされた。16世紀から狙われ始め、20世紀中だけでも25万頭が乱獲された結果、生息数は数千頭にまで落ち込んだ。しかし、同じく乱獲された他のクジラは回復が足踏み状態の中、ザトウクジラだけは多くの場所で驚異的な復活を果たした。(参考記事:「南ア沖のザトウクジラが驚異の復活、最新調査で判明」)
例えば、南極からオーストラリアの沿岸を移動するザトウクジラの数は、旧ソ連が違法な捕鯨をやめた1960年代には数百頭にまで落ち込んでいたが、今では「数万頭まで回復し、今も順調に増えています」と、米海洋大気局(NOAA)北西漁業科学センターの元職員で、現在はSeaStar Scientificの研究主幹であるフィリップ・クラッパム氏は説明する。「サウスジョージア島では1904年に南極捕鯨が始まり、1915年にはザトウクジラがほぼいなくなってしまいましたが、何十年たった今では相当数が戻り始めています」
踏ん張るザトウクジラ
ザトウクジラは夏の間、高緯度の冷たい海で餌をとる。具体的にはアラスカや南極、アイスランド、ノルウェーの沖合や、カナダと米国の東海岸沿いなどだ。そこから毎年、暖かい海に移動して繁殖を行う。移動する理由は明らかでないが、冷たい海に多くいる捕食者のシャチを避けるため、あるいは皮膚への血流を増やして回復させるためなど諸説がある。
生まれたばかりの子どもが、熱帯の海ではエネルギーを体温の維持以外に使えるからではないかとする説もある。「冷たい海では死んでしまうということではありませんが、暖かい海の方がエネルギーをより成長に費やせます」とクラッパム氏は説明する。水温が重要な要素であることは、世界中にあるザトウクジラの繁殖場の海面温度がおよそ21〜28℃であることからもうかがえる。
こうした世界各地のザトウクジラの繁殖場では、ホエールウォッチングが大きな産業となっている。ハワイでは毎年、アラスカ沖の餌場から約1万頭のザトウクジラがやってきて、年間1100万ドル(約15億円)以上を地元経済にもたらしている。
しかし今回発表された研究成果によると、ザトウクジラの復活、繁殖場への移動、ホエールウォッチング産業のいずれも、気候変動の危機にさらされているという。この研究は、ザトウクジラの繁殖場における海面温度の上昇を予測するために、米ハワイ大学マノア校地理環境学科の博士課程の学生であるハンナ・フォン・ハマースタイン氏とレニー・セッター氏が、同大学やクジラ保護団体パシフィック・ホエール・ファウンデーション(PWF)のクジラ専門家と組んで実施した。
その結果、従来のパターンで経済成長が続くものの限定的な温暖化対策が取られる中間的なシナリオの場合、21世紀末には北半球にある繁殖場の36%と南半球の同38%で、海面温度が上限の28℃に達するか超える状態が続くと推定された。しかし、化石燃料由来の排出がこのまま続く「化石燃料依存」シナリオの場合、北半球では64%、南半球では69%の繁殖場が限界水温に達するという。(参考記事:「気候変動、IPCCの最新報告書を解説、5つの予測シナリオ」)