英国の君主、エリザベス女王が世界有数の大地主であることは有名な話だ。ただ、英国を取り囲む領海(12海里=約22キロメートル)の海底も女王の土地であることはあまり知られていない。(参考記事:「1953年の戴冠式」)
英国で生物多様性が失われつつあるという課題が浮かび上がると同時に、この驚くべき事実に改めて焦点が当たっている。英国王室は、まず自分たちが所有する土地から、自然を再生するためにリーダーシップを発揮することが求められている。
というのも、最近、沿岸水域の自然を再生しようとする努力が、この国特有の障壁に直面しているからだ。沿岸でのコンブ養殖が東南アジアへ移行したり、海草を植え替えて再生させる取り組みが頓挫の危機に立たされている。
「英国は自然再生の機会を逸してはならない」と、推進派は口をそろえる。ロンドン自然史博物館が2021年に公開した生物多様性の追跡ツールによれば、産業革命以降、英国の野生動植物種は半数近くが失われている。現在、英国の生物多様性は世界で下位10%に位置し、G7諸国では最下位だ。
「壊滅的」な英国の海草とコンブ
英国の海岸線を取り囲む海草やコンブ類などの海藻が失われていることについて、科学者たちは一言、「壊滅的」と表現する。すでに海草の90%近くが消え去っている。その多くが、この30年間の沿岸開発、乱獲、汚染、船やいかりによるダメージによるものだ。英国に約6万7000平方キロメートルあるコンブの森は「2100年までにほとんど失われる」と予測する科学者もいる。
生い茂った海草やコンブは、海岸の浸食を防ぎ、沿岸の海洋生物を育み、大量の炭素を吸収する。しかし、英国の領海で生態系を再生する許可を得るには、「クラウン・エステート」と賃貸契約を結ぶ必要がある。クラウン・エステートとは、英国の君主が所有する土地を管理する不動産会社だ。(参考記事:「海藻は『温暖化対策のカリスマ』、最新研究」)
再生活動に携わる科学者や支援者は、「死にゆく生態系を再生する機会を得るため、人々が国に料金を支払わなければならないというのは間違った考えだ」と述べている。ほかの国ではあり得ないことだ。米サウスフロリダ大学の海洋生態学者スーザン・ベル氏によれば、米フロリダ州では、州政府が沿岸水域を所有し、無料で再生活動に取り組むことができるようにしており、開発業者に再生プロジェクトへの出資を求めるケースもあるという。
ウェールズにあるスウォンジー大学の海洋生態学者で、英国で最も有名な海洋再生活動のひとつである「プロジェクト・シーグラス」を率いるリチャード・アンスワース氏は、「クラウン・エステートが海底に海草を植える私たちに料金を請求するのは信じがたい」と断じる。
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