人工妊娠中絶は再び違法になるのか、中絶をめぐる米国の歴史

女性が中絶を選択する権利を認めた過去の最高裁判断が覆される可能性

2022.05.26
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この写真で患者を診察する外科医のジョージ・T・ストローザー(右)は、1954年にバージニア州法に違反して人工妊娠中絶を行った罪で逮捕された。(BETTMANN, GETTY IMAGES)
この写真で患者を診察する外科医のジョージ・T・ストローザー(右)は、1954年にバージニア州法に違反して人工妊娠中絶を行った罪で逮捕された。(BETTMANN, GETTY IMAGES)

 米国で人工妊娠中絶をめぐる問題が再び激しい議論を巻き起こしている。女性が中絶を選択する権利を認めた過去の連邦最高裁判所による判断が覆される可能性が出てきたのだ。

 米国では、1973年の「ロウ対ウェイド」裁判により中絶の権利が認められているが、現在の最高裁がこれを覆す方針であることを示す意見書がメディアに流出した。この草稿を執筆したサミュエル・アリート最高裁副長官は、一部の歴史家の著作を引用し、中絶の権利は米国の「歴史にも伝統にも」根差していないと結論付けた。

 しかし、問題はその歴史観だ。解釈は多少異なるものの、人工妊娠中絶の歴史を研究したことのあるほとんどの学者は、妊娠を意図的に終わらせる行為が必ずしも過去に違法だったわけではなく、論争的ですらなかったと主張している。こうした学者の意見とともに、米国における長く複雑な人工妊娠中絶の歴史を振り返ってみよう。

胎児の形に切り抜いたプラカードを持って、ホワイトハウスから米議会議事堂までデモ行進する中絶反対者たち。(PHOTOGRAPH BY JEAN-LOUIS ATLAN, GETTY IMAGES)
胎児の形に切り抜いたプラカードを持って、ホワイトハウスから米議会議事堂までデモ行進する中絶反対者たち。(PHOTOGRAPH BY JEAN-LOUIS ATLAN, GETTY IMAGES)

法律制定以前、中絶は「ごく一般的だった」

 植民地時代から建国直後まで、中絶に関する法律は米国には一切存在していなかった。米オクラホマ大学法律大学院の法律史学者カーラ・スピバック氏は、2007年10月発行の学術誌「William & Mary Journal of Race, Gender, and Social Justice」のなかで、キリスト教会が中絶に関して快く思ってはいなかったものの、それはあくまで不道徳的な行為または婚前交渉の表れであるという見方をし、殺人とまではみなしていなかったと記述している。

 当時、妊娠初期での中絶はごく一般的だったと、米ケネソー州立大学の助教で女性の権利と公衆衛生の歴史家であるローレン・マカイバー・トンプソン氏は言う。

 妊娠検査の精度が低かった時代、胎動が感じられるようになる前の中絶は起訴されることも批判の対象になることもなかったと、多くの歴史家が指摘する。当時は、胎動だけが妊娠していることを示す唯一の証拠だった。初めての胎動は通常妊娠中期、遅くても20週頃までには感じられるようになる。胎児は、そこで初めて赤ちゃん、または人として認められていた。

ギャラリー:米国、人工妊娠中絶をめぐる紆余曲折の歴史 写真と絵9点(写真クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:米国、人工妊娠中絶をめぐる紆余曲折の歴史 写真と絵9点(写真クリックでギャラリーページへ)
かつて、米国で中絶が違法だった時代に使用されていた中絶用の器具。(BRIDGEMAN IMAGES)

どうやって中絶していたのか?

 この時代、妊娠の継続を望まない女性には様々な選択肢があった。自宅の菜園で普通に育てられている薬草を混ぜ合わせて摂取すると、当時の言葉で言う「障害物」を取り除き、生理を再開させることができたという。

「誰にも知られることなく、女性が自分で決定することだったんです」と、マカイバー・トンプソン氏は言う。

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