コロナ禍で注目、失った嗅覚を取り戻す「嗅覚トレーニング」とは

嗅覚障害の数少ない治療法の1つ、その方法と効果のほどは

2022.05.14
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新型コロナ感染に伴う嗅覚トレーニングの実際

 コロナ禍によって、嗅覚刺激療法への需要が一気に高まった。2021年11月に医学誌「JAMA Otolaryngology–Head & Neck Surgery」に発表された論文によると、米国では2021年8月までに新型コロナによって最大160万人が慢性的な嗅覚障害になったと推定されている。

「嗅覚の喪失や嗅覚錯誤(本来とは違う匂いを感じる)がより多くの人に語られ、問題として認知されるようになりました」とパテル氏は言う。「正直なところ、これはコロナ禍による不幸中の幸いだと思います。以前は、嗅覚障害について聞いたこともない患者や医師がほとんどだったからです」

 ウイルスの中には嗅細胞に直接感染して嗅覚障害を引き起こすものもあるが、新型コロナウイルスは嗅細胞には感染せず、その周囲の支持細胞に感染する。2022年2月1日付けで学術誌「セル」に発表された論文によると、感染部位に殺到した免疫細胞が産生する抗ウイルスタンパク質のせいで、嗅細胞の嗅覚受容体を作るのに必要な遺伝子の活性が低下し、嗅覚を失う可能性があるという。

 とはいえ、新型コロナに感染して嗅覚を失った患者の約80%が1~4週間以内に、95%が6カ月以内に、治療を受けることなく嗅覚を取り戻している。数カ月にわたって嗅覚障害を経験した多くの患者が、このままでは完全に回復しないかもしれないと感じて嗅覚訓練を受けている。彼らは、効果が出るまでには時間がかかることも、全員に効果があるわけではないことも理解した上で治療を受けている。

「嗅覚を失った人が受ける影響の大きさを、そのような経験のない人が理解するのは困難です」とパテル氏は言う。「嗅覚障害は目に見えず、他人に影響を及ぼすこともないため、本人にとってどれほど大きな問題であるかが理解されないのです」

 複数の研究から、新型コロナ感染後に嗅覚障害が6週間以上続いている患者には、嗅覚訓練が有効であることが示唆されている。10週間の治療を受けたロジャースさんは、6週間目から改善を感じるようになったという。「味と匂いが徐々に強くなっていき、最後にはピザの味を、食べている間じゅう感じられるようになりました」

 嗅覚訓練が終了してから5カ月以上経過した今では、「以前の75%くらいまでは嗅覚が戻ってきたと思います」とロジャースさんは言う。

 彼には嗅覚錯誤もある。寿司に添えられているガリの香りを耐えがたく感じたり、コーヒーの香りがコショウのように感じられたり、大好きな銘柄のクラフトビールが金属のような味に感じられたりするのだ。こうした嗅覚の「誤接続」は、嗅覚障害からの回復に伴って生じることがわかっている。フンメル氏らが2020年11月に「Laryngoscope」に発表した研究では、嗅覚訓練がその克服に役立つことが示唆されている。

 嗅覚障害に悩む患者が利用できる治療法は、嗅覚訓練以外にはほとんどない。パテル氏のように、嗅覚訓練に加えて、ステロイド剤(抗炎症薬)を使った鼻洗浄を勧める医師もいる。これは、腫れを抑え、嗅覚刺激療法の効果を高めることができる。パテル氏ら嗅覚科学者は、オメガ3脂肪酸サプリメント、ビタミンA、多血小板血漿(PRP)療法などについても、新型コロナ感染に伴う嗅覚障害を改善させる効果があるかどうか調べている。

 嗅覚訓練は、確実に回復する保証はないものの、現時点では最も実践しやすく、安価で、多くの人には安全な治療法だと考えられている。「基本的に、嗅覚訓練は患者が主体となって実践できる治療法です。だからこそ、多くの人に選ばれているのです」とフンメル氏は説明する。

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文=PRIYANKA RUNWAL/訳=三枝小夜子

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