めまい、混乱、言葉が出ない…コロナは軽症でも認知力低下の恐れ

脳に10年分の老化に相当する変化を起こす可能性、英国の脳スキャン調査

2022.04.19
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 2022年3月17日付けで医学誌「Alzheimer's & Dementia」に発表された、これまでの研究結果を総括した分析によると、新型コロナ患者は健康な人と比べ、注意、記憶、実行機能のテストにおいて有意に劣ることが示されている。フランス、パリ大学ラリボワジエール病院の神経科医ジャック・ユゴン氏は、脳が自然に治るかどうかや、認知リハビリテーションを行ったとしても患者が回復するかどうかすら明らかでないと話す。

「脳で何が起こっているのか正確にはわからないのです」。新型コロナが脳に与えるダメージは、様々な神経変性疾患に発展していく可能性もある。「今のところ、確実にはわかりませんが、そのリスクはあります。今後数年間は、(患者を)注意深く観察する必要があります」

脳に影響しうる多彩なルート、増える報告

 新型コロナ禍以前にも、ウイルスの感染が長期にわたる認知機能障害を引き起こすことは知られていた。ウイルス感染が世界的にも神経疾患を著しく増加させていることは定説になっている。

 新型コロナ感染症が認知機能に影響する正確な原因については、まだ科学者の間で意見が一致していない。だが、新型コロナウイルスは様々な臓器に大きな影響を及ぼすため、脳に影響しうるルートは多い。(参考記事:「新型コロナの臓器損傷、世界最高輝度のX線が明らかに」

 新型コロナ感染症は呼吸に影響を与えるので、2020年8月に医学誌「Brain Pathology」に発表されたフィンランドのデータに見られるように、脳が酸素不足になることがある。まれに、脳炎が引き起こされて脳が損傷することもある。(参考記事:「新型コロナでも報告例、ウイルス性脳炎では何が起こっているのか?」

 より広い影響では、新型コロナによる激しい免疫反応が、免疫系タンパク質であるサイトカインの暴走を引き起こし、体中の炎症が増幅することがある。長期にわたる炎症は、認知機能の低下や神経変性疾患をもたらす恐れがあり、新型コロナの患者も例外ではない。

 また、新型コロナ感染症は最長で6カ月間、血栓のリスクを高め、脳組織の酸素を奪う脳卒中を引き起こす可能性がある。2021年2月に医学誌「JAMA Neurology」に発表された研究では、新型コロナ感染症で死亡した人の脳の毛細血管に、脳卒中や神経障害を引き起こしうる「巨核球(血栓の原因となる血小板を作る大きな骨髄細胞)」が見つかった。

 新型コロナ感染症で死亡した若い患者の脳に、アルツハイマー病の原因とされるベータアミロイドというタンパク質があったという報告から、生存者はアルツハイマー病のリスクが高まるのではないかと懸念する科学者もいる。(参考記事:「コロナとアルツハイマーに意外な関連、よく似た症状の謎と光明」

 また、新型コロナウイルスが脳に侵入していることの直接的な証拠を示す研究も蓄積されつつある。2021年12月に査読前論文を投稿するサーバー「Research Square」で公開され、学術誌「Nature Portfolio」で査読中の米国立衛生研究所(NIH)による論文では、新型コロナウイルスが肺や呼吸器官をはるかに越えて広がることが示されている。免疫系が体内からウイルスを除去しきれないことが、ブレインフォグを含む後遺症の潜在的な原因である可能性が示唆される。(参考記事:「コロナ感染で人格が変わる? 脳研究でわかってきたこと」

認知機能が低下した人を把握する難しさ

 感染後すぐに症状が現れるとは限らないせいもあり、認知障害を発症した新型コロナ感染者の数を正確に把握するのは難しい。そしてこのことが、原因の特定以上に大きな懸念材料となっている。

 米テキサス州ヒューストンでITマネージャーをしている米陸軍退役軍人のリチャード・ニューマンさんがそうだった。2021年6月に重度の新型コロナ感染症にかかり、2週間を集中治療室で過ごした。しかし、人を認識できないなど、認知に関わる問題が生じるようになったのは、退院後1カ月が経ってからだった。

「顔はわかるんです。その人を知っているはずなのに、名前が思い出せないんです」とニューマンさんは言う。彼の症状は、最初に新型コロナ感染症と診断されてから8カ月が経過してもあまり改善していない。「最悪です。消耗しますし、生活の質に本当に影響します」

 2021年9月に医学誌「PLOS Medicine」に発表された、米国の59の医療機関にある8000万人を超えるデータを使った研究によると、6カ月間の追跡調査で認知能力に問題があると診断された新型コロナの感染者は約8%だった。しかし、今回の英国での研究が示すようにコロナが軽症でもリスクがあり、遅れて現れる神経症状との間につながりを見いだせなければ、そうした患者を追跡することは難しい。また、差別や偏見を恐れて、経験していることを話すのを嫌がる患者もいるかもしれない。

 専門家らは、ワクチンが広く普及したことや、比較的軽症のオミクロン株の割合が増加しているために、人々が認知障害の可能性を軽視したまま警戒を緩めすぎているのではないかと懸念している。ワクチンは重症化を防ぐ効果が高いものの、後遺症は防げないことが、2021年11月8日に査読前論文を投稿するサーバー「medRxiv」に公開された論文で示唆されている。

「死亡や重症例のみの観点から脱却する必要があります」とオックスフォード大学のドゥオー氏は言う。「後遺症に関する研究や我々の研究からは、軽度の感染でもダメージを受ける可能性が示唆されています」

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文=SANJAY MISHRA/訳=桜木敬子

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