カナダ最大の都市、トロントに「リトルジャマイカ」と呼ばれる地域がある。ジャマイカの料理、音楽、文化にあふれ、約70年前から移民たちの拠り所となってきた。シリーズ「My Hometown」
前回、私(筆者のHeather Greenwood Davis氏)が「ランディーズ・テイクアウト」を訪れた時、珍しいことに入店を待つ行列はなかった。
家族経営の小さなこの店の名物は、何といってもジャマイカン・パティ。牛肉やカレーチキン、野菜などが詰まった半月形のパイだ。40年以上前から、カナダ、トロントのエグリントン・ウエストにあるこの店には、できたて熱々のジャマイカン・パティを求めて人々が並んでいた。
私がこの店を訪れたのは平日で、夫とふたりで店に入ると、待っている客はひとりだけだった。壁には「無礼なふるまいは禁止」という注意書きがある。私のように親が西インド諸島出身であれば、その意味はすぐにわかる。「こんにちは」の挨拶もなしに注文するようでは、打ち解けることはできないのだ。
この店には、もうひとつ鉄則がある。自分の注文をしっかり決めておくこと。ジャマイカ系の女性店員は、注文をあれこれ迷う客に我慢がならないようだ。しかし、私たちの番が回ってきて「こんにちは」と私が挨拶すると、女性店員は「お元気?」と笑顔で返してくれた。
この地区に私が惹きつけられるのは、こうした文化の絆があるからだ。1950年代から、ジャマイカ系の人々にとってエグリントン・ウエストは、単に同じ伝統文化をもつ飲食店や小売店が並ぶ場所というだけではなかった。この地区は「リトルジャマイカ」と呼ばれ、移住して日が浅い移民をやさしく受け入れ、移民の子孫がコミュニティーのぬくもりを求めて帰ってくる場所になっていた。
2021年、トロント市議会が、リトルジャマイカを「伝統文化保護地区候補」に指定する案を全会一致で可決した。この指定によって、この界隈がオンタリオ州伝統文化保護法に基づいて保存される道が開かれた。実現すれば、今後の開発や高級化、店舗の立ち退きなどをある程度は回避できることになる。
残念ながら、この決定は一部の小売店には遅すぎたようだ。「ランディーズ・テイクアウト」も、私が最後に訪れてからまもなく閉店してしまった。
遠く離れたふるさとのように
2016年の国勢調査によれば、トロントの人口は約290万人で、カリブ系住民は34万6000人以上。その3分の2近くを占めるのが、ジャマイカ系の人々だ。ジャマイカ系住民は、トロント市内のあちこちで暮らしている。だが、エグリントン・ウエストは、間違いなくトロントのジャマイカ系カナダ人コミュニティーの中心だ。住宅の窓辺にはジャマイカの黒、緑、金色の旗が誇らしげに掲げられ、町の通りは陽気なアクセントの会話で賑わっている。(参考記事:「多文化を楽しむ トロント、カナダ」)
西はアランロード、東はキールストリートに接するこの地区は、数十年にわたって、新しく移住してきたカリブ系移民の避難所だった。
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