1969年、人類が初めて月面に降り立とうとしたとき、月着陸船のはしごに立ったニール・アームストロングは、月面の質感は「ほとんど粉のようだ」と米テキサス州ヒューストンの管制センターに報告した。
10分後、彼は月面の塵をすくい上げた。人類が地球以外の天体から初めて採取したサンプルだ。それから50年以上経った2022年4月13日、その塵のひとつまみが新しい所有者の手に渡った。オークションに出品された月の塵を50万4375ドル(約6300万円)で落札した匿名の人物は、人類史の一部を所有することになった。
米航空宇宙局(NASA)は長年、アポロ計画で地球に持ち帰られた月の石や塵は米国政府の財産であり、民間人が所有することは許されないと主張し、流出したサンプルを取り戻すために多大な努力を重ねてきた。2011年には、文鎮に埋め込まれた米粒大の月の石を売ろうとしていた74歳の女性をファミリーレストラン「デニーズ」に誘い出し、これを押収している。
今回出品された月の塵は、そのような原則のまれに見る例外となった。「こんなことは二度と起こらないでしょう」と、英競売会社ボナムスの専門家アダム・スタックハウス氏は言う。
米国の宝である月の塵は、なぜオークションに出品されることになったのだろうか? そこに至るまでの長く複雑な経緯は以下の通りだ。
勝手についてきた塵
まず、問題の月の塵は「くっつきやすい」という特異な性質によって地球にもたらされた。
月面を覆う細かい塵は「レゴリス」とも呼ばれる。月には大気がないため、レゴリスは常に吹き付けている太陽風(太陽から噴き出すプラズマの流れ)によって静電気を帯びている。この静電気のせいで、宇宙飛行士のブーツ、手袋、宇宙服、コード類、道具類など、あらゆるものに塵が付着してしまう。