カナダのブリティッシュ・コロンビア州東部にはかつて、数えられないほどのカリブー(トナカイ)がいた。「長老たちは、かつてはカリブーが虫のようにたくさん生息していたと言っていました」
カリブーに頼って生きてきた先住民グループのひとつ、ウェスト・モーバリー・ファースト・ネーションズの首長(チーフ)であるローランド・ウィルソン氏は言う。「カリブーはいつも身近にいたのです」
現在、カリブーの数は激減している。アルバータ州との州境からほど近いウェスト・モーバリーでは、20世紀に入植者たちが原生林を破壊し、カリブーの生息数が徐々に減っていった。ウィルソン氏が生まれた1966年には、巨大な群れがいた時代は終わりを告げていた。そして2000年、彼が首長となる頃には、この地域のカリブー集団はカナダ政府によって絶滅危惧種に指定されていた。(参考記事:「ナショジオ動物図鑑:カリブー(トナカイ)」)
「数が少なすぎるから私たちはもう狩りをしないと聞かされました。それが、カリブーに関する私の最も古い記憶です」とウィルソン氏は言う。「私自身は実際にカリブーを狩ったことはないんです」

アラスカ北極圏からケベック州の森に至るまで、北米のいたるところでカリブーは減っている。何千年にもわたって大陸を歩き回り、膨大な動物たちの食料となり、何百もの先住民グループに文化的・精神的な影響を及ぼしてきたカリブーの減少は、ゆっくりと進行する災害のようなものだ。科学者たちは状況を十分に把握できていないし、政府は問題に対処できておらず、また、対処する気もないように見える。
そこでウィルソン氏らは、近隣のソールトー・ファースト・ネーションズの人々とともに、自分たちの手で問題を解決することにした。妊娠中のカリブーの保護、重要な生息地の回復、オオカミの駆除を始めたのだ。今、彼らはカリブー保護活動の最先端にいる。
2022年3月、ウェスト・モーバリーとソールトーの人々、そしてブリティッシュ・コロンビア大学、アルバータ大学、モンタナ大学の共同研究者たちは、クリンシーザと呼ばれるカリブーの群れを救うための9年間に及ぶプロジェクトの成果を論文にまとめ、発表した。
クリンシーザは、カリブー(Rangifer tarandus)の亜種ウッドランド・カリブーの地域個体群だ。北極圏のカリブーとは異なり、ウッドランド・カリブーは大移動をすることもなければ、何万頭もの群れを形成することもない。少なくとも、現在は。
2013年のプロジェクト開始時、クリンシーザのカリブーはわずか38頭しか残っていなかった。しかし、ウェスト・モーバリーとソールトーの努力によって、現在は3倍の114頭に増えた。他ではどこも達成していない偉業だ。
一帯における絶滅の危機から見事にカムバックしたのだと、ブリティッシュ・コロンビア大学とモンタナ大学の研究者であり、論文の第一著者であるクレイトン・ラム氏は語る。(参考記事:「カナダの絶滅危惧種 22匹からの再生劇」)
「驚くべき増え方です。前代未聞です。適切な人材と適切な技術があれば、カリブーを回復させることは可能だと示したのです」
おすすめ関連書籍
絶滅から動物を守る撮影プロジェクト
今まさに、地球から消えた動物がいるかもしれない。「フォト・アーク」シリーズ第3弾写真集。 〔日本版25周年記念出版〕 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
定価:3,960円(税込)