フォークランド紛争とは:勃発から40年、今も領有権を主張

英国とアルゼンチンが領有権を争った南大西洋の島々

2022.04.07
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1982年、南大西洋に浮かぶフォークランド諸島(マルビナス諸島)の領有権をめぐって、英国とアルゼンチンが戦火を交えた。10週間の紛争の末、最終的に勝利を収めたのは英国だったが、アルゼンチンは今でも領有権を主張している。(PHOTOGRAPH BY MARTIN CLEAVER, AP)
1982年、南大西洋に浮かぶフォークランド諸島(マルビナス諸島)の領有権をめぐって、英国とアルゼンチンが戦火を交えた。10週間の紛争の末、最終的に勝利を収めたのは英国だったが、アルゼンチンは今でも領有権を主張している。(PHOTOGRAPH BY MARTIN CLEAVER, AP)

 1982年4月2日午前0時過ぎ、南大西洋のアルゼンチン沖に浮かぶ英領フォークランド諸島に、アルゼンチン軍の少数部隊が上陸した。午前8時半までにその数は800人に達し、さらに2000人が控えているのを見て、英国政府から派遣されていた島の総督は、数少ない英国海兵隊による守備だけでは持たないと判断、早々と降伏した。

 そこから1万3000キロ近く離れた英ロンドンに知らせが届いたのは、現地時間でその日の午後4時のことだった。しかし、フォークランド諸島という名を聞いたこともなく、ましてやどこにあるのかも知らないという多くの英国民にとって、このニュースは驚きとともに戸惑いを持って受け止められた。

 一方、この問題を巡っては何世代も前から煮え湯を飲まされてきたアルゼンチンでは、祝賀ムードに沸いた。

 ところが、喜んだのもつかの間。その年の6月14日には、英国軍がフォークランド諸島と隣接するサウスジョージア島を再び奪い返し、紛争はあっけなく終結した。わずか10週間の出来事だったが、実はこの紛争の火種は、その150年前からくすぶり続けていた。

 フォークランド諸島(アルゼンチンでの呼称はマルビナス諸島)は、1690年に英国人船長ジョン・ストロングが上陸して以来、フランス、英国、スペインが入れ替わり立ち替わり植民地化してきた。どの国も、この島々に強い思い入れがあったわけではないものの、他国にみすみす領有権を持って行かれるのも面白くないようだった。

 フランスと英国の探検家が、1760年に町を建設し始めると、スペインは、南米大陸におけるスペイン領の権利を保障するユトレヒト条約に違反するとして猛反発した。これを受けてフランスの入植者たちはすぐに引き揚げ、その数年後に英国人も島を離れて行った。ただし、英国の領有権を主張する記念碑だけはちゃっかり残していった。(参考記事:「朝鮮戦争勃発から70年、米国に残った悪しき前例」

アルゼンチン軍の空爆を受け、黒煙を上げる船から脱出した英国兵。(MARTIN CLEAVER, PA IMAGES VIA GETTY IMAGES)
アルゼンチン軍の空爆を受け、黒煙を上げる船から脱出した英国兵。(MARTIN CLEAVER, PA IMAGES VIA GETTY IMAGES)

英国が支配権を握る

 1816年、アルゼンチンはスペインからの独立を宣言し、その4年後にはフォークランド諸島の領有権を主張した。スペインがいなくなったことで、島はアザラシ漁の無法地帯と化していた。そこで、1829年にアルゼンチンから島の総督に任命されたルイス・ベルネは、米国籍のアザラシ漁船3隻を拿捕し、秩序を取り戻そうとした。これに怒った米国レキシントン号の船長サイラス・ダンカンは、島へ乗り込んで軍事施設を根こそぎ破壊し、政府支配からの島の解放を宣言すると、揚々と国へ帰っていった。

 アザラシ産業の成長に伴って、島の将来性に目を付けた英国は、1833年1月3日、誰もいない島へ舞い戻り、英国国旗を掲げた。そして1840年、フォークランド諸島は英国領であると公式に宣言した。

 アルゼンチンは、この展開を苦々しく見守っていたが、それから100年以上島の領有権を主張することはなかった。

ギャラリー:勃発から40年、フォークランド紛争とは 写真14点(写真クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:勃発から40年、フォークランド紛争とは 写真14点(写真クリックでギャラリーページへ)
アルゼンチン軍の空爆を受けて沈没する英国海軍の艦艇「アンテロープ」。生存者はヘリコプターで救助された。(PA IMAGES VIA GETTY IMAGES)

 1960年代に入って、アルゼンチンのレオポルド・ガルチェリ大統領率いる軍事政権は、英国が島への関心を失いつつあることを察知し、国内で落ち込む支持を回復させるために、島を奪還する計画を練り上げた。1982年3月、金属スクラップ業者がサウスジョージア島リースにある元捕鯨基地にアルゼンチンの旗を掲げたことで、英国はことの重大さに気付いた。しかし、時すでに遅し。アルゼンチンは、着々と侵攻の準備を整えていた。

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