メソポタミアへの見方を変えたウルの王墓、その財宝と残酷な儀式

世界最古の物語『ギルガメシュ叙事詩』を残した古代シュメール人の都市

2022.05.01
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紀元前2600~2300年頃の、黄金とラピスラズリで作られた牡牛の頭。古代都市ウルにある女王プアビの墓で発見された、リラ(竪琴)に付けられている。(PHOTOGRAPH COURTESY OF PENN MUSEUM)
紀元前2600~2300年頃の、黄金とラピスラズリで作られた牡牛の頭。古代都市ウルにある女王プアビの墓で発見された、リラ(竪琴)に付けられている。(PHOTOGRAPH COURTESY OF PENN MUSEUM)

 1920年代は、考古学にとって重大な発見が相次いだ黄金時代だった。1922年に考古学者ハワード・カーターがエジプトでツタンカーメン王の墓を発見。その数年後には、考古学者レオナード・ウーリーが、現代のイラクにあたる古代都市バビロンの南東225キロで、古代都市ウルの王家の墓を発見した。4000年以上前から無傷のまま残されていたメソポタミアの王墓は、世界最古の物語『ギルガメシュ叙事詩』を残した古代シュメール人が作ったものだった。(参考記事:「ギャラリー:ツタンカーメン黄金の財宝 写真20点」

 墓の発見は大きな話題となった。納められていた財宝の量と技術の高さに驚かされただけでなく、古代シュメール人が残酷な埋葬儀式を行っていたことが明らかになったためだ。精巧な細工が施された宝飾品や楽器といった副葬品のほかに、墓には死んだ王族の遺骨とともに、大勢の従者や兵士が「殉葬者」として殉死させられ、埋葬されていた。

黄金の短刀と楽器一式

 1853年、英国人外交官J・E・テイラーによって、初めてウルの遺跡の簡単な発掘が行われたが、本格的な計画が始動したのは、それから70年近くも経ってからだった。米ペンシルベニア大学考古学人類学博物館と大英博物館が共同で発掘隊を結成し、1922年、ベテラン考古学者であるウーリーが発掘隊長に任命された。(参考記事:「最古の国際都市ウル、50年ぶり発掘再開」

 発掘が始まってから最初の4シーズンは、ジッグラトと呼ばれる聖塔の周囲を中心に作業が行われた。ジッグラトは階段ピラミッドの形をしており、紀元前2000年前後のウル第3王朝の時代に建造された。メソポタミアの他の場所にも多くのジッグラトを建てたウル・ナンム王が建造者だと考えられている。

紀元前2000年ごろに建造されたウルのジッグラト。頂上には、月の神ナンナの神殿が置かれていた。(PHOTOGRAPH BY STEVE MCCURRY)
紀元前2000年ごろに建造されたウルのジッグラト。頂上には、月の神ナンナの神殿が置かれていた。(PHOTOGRAPH BY STEVE MCCURRY)

 神殿の周囲を掘ると、小さな黄金の遺物が次々に見つかった。この近くに、さらに豊かな財宝を秘めた墓があるに違いないとウーリーは考えたが、この発掘を単なる宝探しにしてしまうわけにはいかない。そこで、正当な考古学的手法に従って遺跡の異なる地層を体系的に調査し、明確な時間軸を確立しようとした。

 1926~27年の発掘シーズン中、ウーリーはウルの共同墓地で数百もの墓を発見した。はじめは人骨とわずかな副葬品が見つかっただけで、期待していたような財宝は見当たらなかったが、シーズンが終わりに近づいたころ、重大な発見があった。青銅の武器と一緒に、ラピスラズリの柄がついた黄金の短刀が紛れていたのだ。その隣にあった黄金の袋の中には、やはり黄金で作られた楽器一式が納められていた。シュメール人の遺跡から、これほど価値が高く、芸術的にも優れた遺物が発見されたのは初めてだった。

【関連ギャラリー】古代都市ウルの王墓、その黄金の財宝と残酷な儀式 写真14点(写真クリックでギャラリーページへ)
【関連ギャラリー】古代都市ウルの王墓、その黄金の財宝と残酷な儀式 写真14点(写真クリックでギャラリーページへ)
ラピスラズリの柄を持つ黄金の短刀とさや。(PHOTOGRAPH BY SCALA, FLORENCE)

 いくつかの遺物に刻まれた楔形文字から、この墓はウル第一王朝期のメスカラムドゥグという貴族のものだと結論付けられた。発見された品々から、彼が裕福であったことは疑いようもなく、なかには王だったと考える学者もいる。

 次に石造りの地下室が発見され、王族の墓ではないかという期待が高まった。ところが発掘を進めていくと、後の時代に掘られたと思われるトンネルが見つかった。それは地表近くから墓の天井まで続いており、何百年も前に誰かが墓に侵入したことを示していた。残念ながら、墓は盗掘に遭っていたようだ。

女王の墓の下によく似た墓も

 しかしその後、ウーリーの努力は報われる。手つかずの墓が見つかり、そこから数々の歴史的発見が相次いだのだ。「死の穴」と呼ばれる部分を掘っていたときに、副葬品で飾り立てられ、イグサの敷物の上に横たえられた5体の遺骨が現れた。その数メートル先には、さらに遺骨が10体横たわっていた。いずれも、黄金と宝石で飾られた女性の遺骨だった。

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