解説:ウクライナ侵攻による食料危機、最大の脅威は「肥料不足」

肥料問題は「すべての食料生産を減らす恐れ」、第二次大戦以来最悪の危機にも

2022.03.29
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ロシアのウクライナ侵攻は、パレスチナ、レバノン、イエメンなど、すでに何百万人もの人々が必死に生き延びているアラブ世界の食卓のパンを減らすことになるかもしれない。アラブ地域はロシアとウクライナからの小麦に大きく依存しており、主食である小麦の不足は社会不安を招く恐れがある。(PHOTOGRAPH BY MAJDI FATHI, NURPHOTO VIA GETTY IMAGES)
ロシアのウクライナ侵攻は、パレスチナ、レバノン、イエメンなど、すでに何百万人もの人々が必死に生き延びているアラブ世界の食卓のパンを減らすことになるかもしれない。アラブ地域はロシアとウクライナからの小麦に大きく依存しており、主食である小麦の不足は社会不安を招く恐れがある。(PHOTOGRAPH BY MAJDI FATHI, NURPHOTO VIA GETTY IMAGES)
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 ジョナサン・クリボーンさんは、本来であれば今ごろ、冬小麦の畑に肥料を散布していたはずだ。手配しておいたトウモロコシとヒマワリの種を受け取り、4月1日までに種まき機を稼働させる準備をしていたはずだ。ウクライナ西部のリビウ近郊にある自分の農場で、ウクライナ人の妻と3人の息子たち、飼い犬と一緒に、春を満喫していたはずだ。

 しかし、アイルランド人移民のクリボーンさんが実際にしていることと言えば、ほかのウクライナの農家がここ最近やっているのと同じこと、つまり、戦地にいる親戚たちの無事を確かめたり、爆撃から逃れてくる人々を保護したり、自分の農場が何とか潰れずにやっていけるよう尽力したりしているのだ。

 もし彼らの努力が実らなかった場合、ウクライナの人々だけでなく、世界中で何億もの人々が飢え、おそらくは第二次世界大戦以来最大の食料危機が引き起されるだろうと、専門家は警告する。

 ウクライナとロシアは、両国併せて、世界で取引される小麦の30%、カロリーの12%を生産している。このふたつの国なしでは、食料価格の高騰と食料不足により、2012年のアラブの春以来の不安定な状況が生まれかねない。

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 戦争により、両国からの穀物輸出はすべて停止している。また、ウクライナとロシア(そしてロシアの同盟国であるベラルーシ)は、大量の肥料の供給国でもあるため、プーチンのウクライナ侵攻は今年、そして近い将来、地球上すべての農家に影響を与える恐れがある。

ウクライナ西部ザカルパッチャ州ウージュホロド近郊の畑で育つ小麦。(PHOTOGRAPH BY SERHII HUDAK, UKRINFORM, FUTURE PUBLISHING VIA GETTY IMAGES)
ウクライナ西部ザカルパッチャ州ウージュホロド近郊の畑で育つ小麦。(PHOTOGRAPH BY SERHII HUDAK, UKRINFORM, FUTURE PUBLISHING VIA GETTY IMAGES)
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 それでもクリボーンさんは、自分は幸運だと考えている。彼は15年前、着の身着のままでウクライナにやってきたが、今では3000ヘクタールの農地を持っている。ここはリビウの西の、ポーランドとの国境に近い比較的被害の少ない地域だ。

「ロシア人が動くものを何でも撃ってくるため、作物に肥料をやれない人たちもいます」。疲れ切った様子のクリボーンさんが、そう語る。「畑や畑に向かう道路にロシア軍が地雷を埋めているという話も聞きます。もちろん畑には不発弾や死体が山ほどあります。小麦の収穫量は、普段の3分の1か4分の1まで落ち込むでしょう」

 戦闘が長引き、作付けシーズンを1週間後に控えた今、農業には時間切れが迫っている。世界の26カ国は、小麦の半分以上をロシアとウクライナに依存していると、国連世界食糧計画(WFP)のチーフエコノミストであるアリフ・フセイン氏は述べている。

「もしこの戦争が今後数週間のうちに収束しなければ、事態はますます悪化するでしょう」とフセイン氏は言う。「そうなれば、ウクライナはトウモロコシの作付けをすることができません。今植えられている冬小麦には肥料をやることができず、収穫は激減するでしょう。これは非常に危険です。ウクライナの人口は4000万人ですが、彼らは4億人のために食料を生産しています。それがグローバル化した世界の現実です。わたしたち全員がこの事態の関係者なのです」

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