英スコットランドの海で元気にジャンプするマイルカ。研究者たちは、ネズミイルカのような鳴音を発する単独生活の野生マイルカ「カイリー」を観察した。(PHOTOGRAPH BY SCOTLAND: THE BIG PICTURE, MINDEN PICTURES)
英スコットランドの海で元気にジャンプするマイルカ。研究者たちは、ネズミイルカのような鳴音を発する単独生活の野生マイルカ「カイリー」を観察した。(PHOTOGRAPH BY SCOTLAND: THE BIG PICTURE, MINDEN PICTURES)
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 英スコットランド西岸にあるクライド湾という大きな入江には、数千頭のネズミイルカと、「カイリー」と名づけられた1頭のメスのマイルカが暮らしている。

 少なくともこの14年間、カイリーが他のマイルカ(Delphinus delphis)と一緒にいる姿は目撃されていない。だが、決してひとりぼっちではない。よく晴れた日にクライド湾の遊歩道を歩いていると、カイリーがネズミイルカ(Phocoena phocoena)たちと一緒に泳ぐ様子を目にすることがある。ネズミイルカは小型のイルカで、カイリーの3分の2ほどの大きさだ。

 このほど新たな研究により、カイリーとネズミイルカたちの関係が、研究者らが想定していたよりも深いことが示唆された。マイルカは通常、さまざまなクリック音やホイッスル音、パルス音を発するが、カイリーはホイッスル音を使用しない。カイリーの「話し方」は、自分と同じマイルカよりも、甲高いクリック音を立て続けに発するネズミイルカに似ているという。

よく晴れた冬のクライド湾。ここは、スコットランドのアラン島に近い広大な入り江だ。(PHOTOGRAPH BY JIM MCDOWALL, ALAMY)
よく晴れた冬のクライド湾。ここは、スコットランドのアラン島に近い広大な入り江だ。(PHOTOGRAPH BY JIM MCDOWALL, ALAMY)
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 この研究結果は、カイリーがネズミイルカと会話しているか、少なくとも会話しようと試みていることを示唆している。近年、クジラ類の異種間交流を明らかにする研究が増えつつあるなか、1月10日付けで学術誌「Bioacoustics」に発表された今回の研究もその一つだ。

「明らかに、自然界では私たちが考えている以上に種を越えた交流が行われています」と、イルカ行動学の専門家、デニース・ハージング氏は話す。(参考記事:「2015年5月号 イルカと話せる日は来るか」

ネズミイルカの鳴音をまねる

 クライド湾にただ1頭のマイルカは、「カイルズ・オブ・ビュート」と呼ばれる入江の出口にあるブイがお気に入りだった。そこで地元の人々は、このマイルカを「カイリー」と呼ぶようになった。何年も前のことだ。

 だが、海洋哺乳類の研究と保護を目的とした地元組織クライド・ポーパスの設立者兼責任者であるデビッド・ネアン氏によれば、カイリーがどこから来たのか、なぜひとりになったのかについて、正確なところはわかっていない。

 嵐や人間の活動による影響で家族と離れたり親を失ったりしたイルカは、ひとりになってしまうことがある。また2019年1月22日付けで学術誌「Frontiers in Veterinary Science」に発表された、単独行動のイルカについて世界中の事例を調査した研究によれば、単にあまり社交的でなく、ひとりでいることを好むイルカもいるという。

 カイリーとネズミイルカたちの関係をより詳しく知るために、ネアン氏はヨットの「サオルサ号」から水中マイクを下ろし、カイリーとネズミイルカたちが交流する音声を2016年から2018年にかけて何度も収録した。

「カイリーは明らかにネズミイルカになりきっていました」と、大学で水生生物学を学んだネアン氏は話す。

 当時、英グラスゴーにあるストラスクライド大学の博士課程に在籍していたメル・コセンティーノ氏は、その録音データに記録された数千の超音波クリック音を詳細に分析した。

 マイルカはひっきりなしにホイッスル音を発するが、ネズミイルカはホイッスル音を出さず、130キロヘルツ(13万ヘルツ)前後に8~15個の振幅ピークがある「高周波狭帯域(NBHF)クリック音」だけでコミュニケーションを取る。

「私たちがNBHFクリック音を聞き取るには100分の1の速さで再生しなければなりません」とコセンティーノ氏は説明する。人間の耳に聞こえる範囲は20ヘルツから20キロヘルツ(2万ヘルツ)までなので、再生速度を下げて音程を低くしなければNBHFクリック音は聞き取れないのだ。

次ページ:交互にクリック音を交わすことも

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