HIPPOCAMPUS ANGUSTUS
撮影地:シーホース・ワールド(オーストラリア)
タツノオトシゴは、ウマなどほかの動物を組み合わせたような外見で、雄が出産するユニークな魚だ。しかし今、絶滅の危機にひんしている。
ポルトガル南部のリア・フォルモーザと呼ばれる潟(かた)を泳いでいると、生物学者のミゲル・コレイアが海底を指さした。
私はじっと見つめ、首を横に振った。彼は1点を指し示した。さらに近くまで泳いでいき、目を凝らす。砂や海藻や岩しかない。いら立った私の息が泡になって立ち上った。
だがそれは、突然見えた。今までずっと見つめていた海藻の中にいたのだ。体長7.6センチ、くすんだ黄色の体に、ウマのたてがみのような皮弁(ひべん:皮膚が変化したもの)があるタツノオトシゴの一種、ロングスナウテッドシーホースだった。その後の潜水で、近縁種のショートスナウテッドシーホースも見つけた。どちらも、この潟にすむ在来種だ。
HIPPOCAMPUS ABDOMINALIS
(PHOTOGRAPH BY DAVID LIITTSCHWAGER)
撮影地:スクリップス海洋研究所付属バーチ水族館(米国)
タツノオトシゴは、南極を除くすべての大陸の沿岸海域に生息し、世界中で46種が確認されている。過去10年間で4種が新種として記載され、今後も、種の数は増えそうだ。
コレイアの話によると、つい最近までは、ポルトガル南部のアルガルベ地方にあるリア・フォルモーザに200万匹ものタツノオトシゴが生息していたという。
アルガルベ大学の海洋科学センターで生物学を研究するコレイアは、同僚とともに臨海施設でタツノオトシゴの繁殖と研究を行っているが、前述の2種の生息数は激減したという。「この20年弱で、9割近くも減っています」
こうした減少は広く見られる。理由の一つに、タツノオトシゴの生息地が、河口やマングローブ林、藻場やサンゴ礁など、世界で最も環境破壊が進む海域にあることが挙げられる。
しかし、最大の脅威は漁業だ。漁獲規制が行われておらず、乾燥させたタツノオトシゴは広く取引されている。底引き網のように、海底をさらう漁具によって目当てのもの以外の生物が漁獲される「混獲」で水揚げされたタツノオトシゴは、中国の伝統薬の材料や装飾品として、世界中で売買される。また、量は少ないが、観賞用としても、主に米国向けに販売されている。
雄が出産するユニークな魚
さまざまな動物を組み合わせたような外見のタツノオトシゴは魅力的だ。ウマのような頭部に、カメレオンのような左右別々に動く目と擬態の能力。カンガルーのような育児嚢(のう)に、サルのように物に巻きついて体を安定させる尾。体色はさまざまで、斑紋や縞(しま)模様、こぶや棘(とげ)、レース状の皮弁など、外見の特徴も多様だ。鱗(うろこ)がない代わりに硬い骨板で体が覆われていて、食べ物を蓄える胃がないため、ほぼ常にカイアシ類やエビ、魚の幼生などの微細な獲物を吸い込む。
撮影地:バーチ水族館(米国); アルガルベ大学ラマレーテ・マリン・ステーション(ポルトガル)
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