“感染するワクチン”、議論呼ぶ「自己拡散型」ワクチンとは

過去には野外試験の例も、公衆衛生の革命か、生態系への災厄か

2022.03.25
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夕刻に飛ぶコウモリの熱画像。米テキサス州ブランコ郡。(PHOTOGRAPH BY NICK HRISTOV, UNIVERSITY OF CHICAGO, PBZ)
夕刻に飛ぶコウモリの熱画像。米テキサス州ブランコ郡。(PHOTOGRAPH BY NICK HRISTOV, UNIVERSITY OF CHICAGO, PBZ)
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 感染症そのものと同じくらい感染力の高い治療法というものを想像してみてほしい。そのワクチンは宿主の体内で複製され、近くにいるほかの個体に広がって、集団全体を病原体の攻撃からすばやく、簡単に守ってくれる。現在、世界各地で複数のチームが、さまざまな議論を呼んだ「自己拡散型」ワクチンの開発を再開している。

 彼らが目指すのは、野生動物間での感染症の広がりを抑え、それによって有害なウイルスや細菌が人間にうつるリスクを下げることだ。多くの専門家が、新型コロナウイルスのパンデミックの原因であるSARS-CoV-2はそうした経路で広がったと考えている。

 米国疾病対策センター(CDC)の推定によると、既知の感染症の60%、新規および新興感染症の75%が人獣共通感染症だという。新たな人獣共通感染症がなぜ、いつ、どのように発生するかを予測することはできない。しかし、いったん発生してしまえば、多くの場合、その感染症は人命を奪い、対策にも多大な費用がかかる。そのうえ多くの研究者が、気候変動、生物多様性の損失、人口増加によって、そうした病気の蔓延が加速するだろうと予測している。

 ワクチンは病気の蔓延を防ぐ重要な手段だが、野生動物へのワクチン接種は容易ではない。個体をひとつずつ捕獲し、ワクチンを接種し、リリースする必要がある。したがって、自己拡散型ワクチンは、ひとつの解決策になりうる。

 遺伝子技術やウイルス学の進歩、また病気の伝播に関する理解の深まりによって、1980年代に始まった遺伝子組み換えウイルス作成の研究は加速してきた。遺伝子組み換えウイルスは、動物のある個体から別の個体へと広がって、病原体に感染させることなく、病気への免疫を分け与える。

 研究者らは現在、エボラ熱、牛結核、ラッサ熱(ネズミが媒介するウイルス性疾患で、西アフリカ各地で年間30万人以上が感染する)用の自己拡散型ワクチンを開発している。その対象は、狂犬病、西ナイル熱、ライム病、腺ペストなどの人獣共通感染症にまで広げることが可能だ。

 自己拡散型ワクチンを推進する人々によると、この方法は、公衆衛生に革命をもたらす可能性があるという。人獣共通感染症がヒトで発生する前に、動物間での感染拡大を阻止できれば、次のパンデミックを防げるかもしれないからだ。

 一方で、こうしたワクチンに使われるウイルス自体が突然変異を起こしたり、ほかの種に広がったり、生態系全体に壊滅的な影響を与える連鎖反応を引き起こしたりする可能性があるという意見もある。

「遺伝子工学で作り出した自己伝染性のあるものを自然界に放てば、それがどうなって、どこへ行くのかはだれにもわかりません」と語るのは、英オックスフォード大学人類未来研究所のジョナス・サンドブリンク氏だ。「最初は動物に使うだけだとしても、その遺伝子成分の一部が巡り巡って人間の体内に入り込むかもしれません」

次ページ:最初にして唯一の野外試験

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