1835年、20歳のエイダ・ラブレスの肖像画。母親譲りの数学的な厳密さと父親譲りの想像力を合わせもつ女性だった。(IAN DAGNALL COMPUTING/ALAMY)
1835年、20歳のエイダ・ラブレスの肖像画。母親譲りの数学的な厳密さと父親譲りの想像力を合わせもつ女性だった。(IAN DAGNALL COMPUTING/ALAMY)

 1833年夏のとある月曜の夜、17歳のエイダ・バイロンは母アナベラとともに、英国の数学者チャールズ・バベッジの家を訪ねた。その12日前に上流社会の夜会でバベッジに会ったバイロン嬢は、彼が製作しているという機械の説明に心を奪われていた。

 その機械は青銅と鋼鉄でできた手回し式の装置で、何層もの歯車と、ハンマー状の金属製のアームと、番号のついた数千個の円盤を使い、自動的に数式を解くことができた。バベッジが「階差機関(Difference Engine)」と呼ぶこの機械は未完成で、高さ80cmほどの小さな試作機しかできていなかったが、ガラガラと音を立てて回転し、難しい数式の答えをはじき出した。

 バベッジは、階差機関が完成すれば、もっと複雑な問題も解けると信じていた。バベッジによる試作機の実演は、奇跡を起こす魔術のようで、チャールズ・ダーウィンやチャールズ・ディケンズをはじめとするロンドンの知識人と科学界を驚かせた。

19世紀の手彩色木版画に描かれたチャールズ・バベッジの階差機関。(NORTH WIND PICTURES/ALAMY)
19世紀の手彩色木版画に描かれたチャールズ・バベッジの階差機関。(NORTH WIND PICTURES/ALAMY)

 しかしエイダにとっては、階差機関は魔術ではなく革新的な機械だった。1833年の運命の晩にこの機械を見たとき、彼女はすぐにそのしくみを理解した。また41歳のバベッジも、わずか17歳のエイダの中に自分と同等の知性を見出した。彼女はその後20年以上にわたり、バベッジの機械に対する理解と洞察力の深さを立証していくことになる。

知的な母と奔放な詩人の父

 エイダ・ラブレスは1815年12月10日に、オーガスタ・エイダ・バイロンとして、ビクトリア朝の英国上流社会に生まれた。母親のアナベラ・バイロンは、この世代で教育を受けることができた数少ない女性の1人だった。

 アナベラは知への愛、特に数学への愛を娘に伝え、幼いエイダのために有名な数学者を家庭教師として雇い入れた。適当な家庭教師が見つからないときには、みずから娘を指導した。

 アナベラが娘に最高の教育を受けさせたのは、単純に知を追求させようとしたからではない。あふれる想像力を際限なく発揮するようになったら、娘が父親のようになるのではないかと心配していたのだ。

 エイダの父親であるジョージ・ゴードン・バイロンは、バイロン卿として世に知られる詩人だった。彼は詩人として名を馳せた反面、放縦で複雑な生活ぶりで悪名高かった。ある愛人はバイロンを、「向こう見ずな悪い男、知れば危険」と評している。ロマン派時代の有名人として、彼が依存症と闘い、心を病んでいたことは誰の目にも明らかだった。

次ページ:論文より詳しい「訳注」

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