コロンビアでは2016年以降、開発業者や麻薬カルテルの侵入に抵抗する地域の活動家が、1280人も殺害されている。
年季の入った屋根付きのピックアップトラックがアンデス山中の蛇行した山道を猛スピードで進んでいった。ルイス・マヌエル・サラマンカはトラックのテールゲートに立ち、屋根につかまって、バランスをとる。2018年5月22日の夜明けのことだった。南米コロンビアの南西部に位置するコロンビア山塊がちょうど眠りから覚めようとしていた。
霧が晴れてくると、開けた土地で大きな茶色い牛の乳を搾っている女性が見えた。狭い道路では、子どもたちをたくさん乗せた通学バスが、荷馬車や荷を積んだラバを追い抜こうとしている。鮮やかな緑に覆われた急峻(きゅうしゅん)な峡谷に目を移すと、200メートル以上も下を、四方八方から注ぎ込む滝の水を集めた、マグダレナ川が勢いよく流れ下っていた。
サラマンカと私はキンチャナ村に向かっていた。ウイラ県の緑豊かな霧の濃い丘陵地帯にある90世帯ほどの村だ。この地域はコーヒー栽培や石油探査、主要河川の源流があることで知られている。その村から、ラ・ガイタナと呼ばれる小さな集落と先コロンブス期の遺跡まで歩いて行ける道がある。1942年に発見された遺跡は1世紀から8世紀のものとされ、神々を表現した巨石彫刻や墳墓が残っている。
当時64歳だったサラマンカは、コロンビアで最も有名な人類学者で、ラ・ガイタナ遺跡の研究と保存に研究者人生をささげてきた。言葉を選びながら穏やかに話す人物で、丸い鼻をした顔に浮かぶ柔和な表情には、ふわふわのセーターのような温かさがあった。
私がサラマンカに会いに行った当時のコロンビアは、半世紀にわたる激しい武力紛争が終わり、生まれ変わろうとしていた。私はマグダレナ川に沿って移動しながら、まだ不安定な平和を維持しようと努力している人々を取材した。コロンビアの奥地を貫き、全長1500キロを超えるこの川は、歴史を彩ってきた重要な水路だ。2018年半ばの社会状況は比較的落ち着いていたが、それも長続きはしなかった。
「雨が降り出す前に行った方がいいでしょう」。深い谷を覆う雲をじっと見つめながら、サラマンカは言った。私たちが乗ろうとしたとき、相乗りのピックアップトラックはすでに満員だったため、私たちはずっとトラックの外側にしがみついていた。「降り出す前に行った方がいい」と、彼は何度もつぶやいた。
コロンビア山塊で最も有名な文化財は、ウイラ県南部のサン・アグスティン近郊にある遺跡公園で見られる石像群だ。垂直に立つ巨石に擬人化されたトカゲやサルが彫られていて、それらを囲むように美しい丘が広がる。手入れされた芝生と砂利道が整備された公園は、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
サン・アグスティン遺跡公園の整った歩道を散策していると、まるで石の動物園を歩いているような気がしてくる。一方、サラマンカが研究するラ・ガイタナ遺跡はそれとは対照的で、山奥にあり、そこへ至る道も草木に埋もれかけている。キンチャナ村が数十年にわたり、ゲリラが牛耳る麻薬輸送ルートの入り口となっていて、危険で近づくのが困難だったためだ。
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