森林開拓地に立つメキシコオオカミ。絶滅危惧種である彼らはかつて、現在の米国南西部からメキシコ北部にかけて広く生息した。(PHOTOGRAPH BY CLAUDIO CONTRERAS, NATURE PICTURE LIBRARY)
森林開拓地に立つメキシコオオカミ。絶滅危惧種である彼らはかつて、現在の米国南西部からメキシコ北部にかけて広く生息した。(PHOTOGRAPH BY CLAUDIO CONTRERAS, NATURE PICTURE LIBRARY)
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 2021年後半、米国で絶滅危惧種に指定されているメキシコオオカミのオスが、壮大な旅に出た。

「ミスター・グッドバー」と呼ばれるこの個体が、新たな縄張りとパートナーを求め、米国アリゾナ州東部の群れを離れたのは数カ月前のこと。南東へ向かった彼は、山脈や谷が点在する広大な草原と低木林からなる、生物多様性に富んだチワワ砂漠を進んだ。

 銀色と茶色の毛を生やし、ひょろ長でまだ2歳にもならない彼は、11月22日、ニューメキシコ州ラスクルーセスの郊外を通り過ぎた。クレオソート、ユッカ、サボテンがまばらに生い茂るだだっ広い土地の向こうには、東ポトリロ山脈の火山やクレーターを含む山並みが見える。彼は本能の赴くまま、古くからメキシコオオカミの暮らす土地がある、山脈の南端の方向を目指した。(参考記事:「特集:荒涼とした絶景 チワワ砂漠 2007年3月号」

 しかし、すぐに不可解な行き止まりに遭遇した。米国とメキシコの国境だ。ほんの1年前は通り抜けが可能で、あるのは車やトラックの不法な国境横断を阻止する低い車両障壁だけだった。しかし今は、高さ約9メートルの壁が立ちはだかっている。巨大な鉄骨を約10センチ隙間で並べてできた壁は、ごく小さな動物しか通れない。

 現在、ニューメキシコ州の国境のほとんどは、トランプ前政権下で2018年から2020年にかけて建設された壁に囲まれている。ミスター・グッドバーはそのことを知らないまま、ただ西に向かって移動し続けた。時には短時間だけ方向を変えながら、5日近くかけて壁沿いを進んだ。おそらく、障害物を回り込んで南に向かおうとしていたのだろう。しかし、壁にぶつかった場所から西に約37キロ進んだところで、ついに諦めて北へ戻って行った。

 ミスター・グッドバーがたどった経路は、米魚類野生生物局(FWS)が装着したGPS発信器付きの首輪によって追跡された。彼の足跡は、国境の壁が野生動物の移動を変化させていることを示す最初の具体的証拠の一つになると、アリゾナ州に拠点を置く環境保護団体、生物多様性センターでオオカミの保護を訴えるマイケル・ロビンソン氏は語る。

「予期していたことなので、驚きはしませんでした」とロビンソン氏は言う。「でも、がっかりしましたよ」

国境の壁は回復を妨げているのか

 ミスター・グッドバーが経験した苦難は、自然保護活動家や科学者が何年も前から発してきた警告を裏付けている。あらゆる大型動物の移動が、国境の壁によって妨げられるということだ。オオカミだけでなく、ソノラプロングホーン(ソノラ砂漠に生息するプロングホーンの亜種)、ジャガー、オセロットビッグホーン(オオツノヒツジ)などの絶滅危惧種や、ピューマ、ボブキャット、ミュールジカなどもそうだ。

 今回の事例は「極めて重要なデータです」と、野生動物の「回廊」を保護する超党派団体、ワイルドランズ・ネットワークに所属する生物学者マイルス・トラファーゲン氏は語る。第一に、「国境の壁が絶滅危惧種の回復を脅かしている」ことを明らかにしているからだ。

「それに、(国境の壁が影響を与える)他の動物や、私たちが目にすることのない日々の出来事についても考えてみてください」と氏は話す。(参考記事:「動物たちの「回廊」を整備へ、米フロリダ州が法制化」

次ページ:絶滅の瀬戸際から復活したメキシコオオカミ

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