ハドリアヌスの長城はかつて、ブリタニアまで領土を拡大したローマ帝国の北端を示していた。それが今では、スコットランドの首都エディンバラや最大の都市グラスゴーに行くときに立ち寄る場所だ。2000年前とはすっかり変わってしまった。
しかし、グレートブリテン島を横切り、東の北海と西のアイリッシュ海を結ぶ全長約120キロの壁、溝、塔、砦(とりで)は、今もなお人々を魅了し続けている。そして、着工から1900年目にあたる2022年、ローマ時代のよろいをまとった兵士たちが再び長城を巡回し、古代の楽器がその音色を響かせることになっている。
そのため、訪問の絶好機であることはもちろん、端から端までハイキングしてみるのもおすすめだ。最も人気があるのは丘の斜面に広がる要塞ハウスステッド・ローマン・フォートで、年間約10万人が訪れるが、長城を端から端まで歩くのはわずか7000人だ。
ローマ皇帝ハドリアヌスの時代(西暦117〜138年)は、ローマ帝国の権力が頂点に達した期間だった。ハドリアヌスは帝国史上最大の領土を統治しただけでなく、ローマ郊外のチボリにある豪華な別荘から帝国の境界線を示す防御壁まで、重要な史跡の建設者としても知られる。これらはいずれもユネスコの世界遺産に登録されている。(参考記事:「ギリシャを偏愛したローマ皇帝、ハドリアヌス」)
ハドリアヌスが西暦122年に建設を開始した長城は現在の英ノーサンバーランド、カンブリア、タイン・アンド・ウィア州を通過する。スコットランドとの境界近くにあり、石垣や生け垣を目印に、古代から踏みならされてきた歩道、牧草地、森林、岩場を歩ける。地図をほとんど必要としないため、簡単なルートを探しているハイカーに最適だ。
古代とつながる絶好の機会
完全踏破を目指すハイカーが比較的少ないということは、古代とよく似た風景を歩きつつ、遠い過去とつながる絶好の機会でもあるということだ。
そこで私(トラベルライターのジョー・シルス氏)は、英国のナショナル・トレイルに指定されている約135キロのハドリアンズ・ウォール・パスを歩いてみた。東はニューカッスル郊外の海岸沿いにあるアルベイア・サウス・シールズ・ローマンフォートから、西はカーライル郊外の湿地帯に位置するボウネス・オン・ソルウェイまで続くコースだ。
頑丈なブーツを履き、荷物で膨れ上がったバックパックを背負う私の旅には、考古学者のレイブン・トッド・ダシルバ氏という相棒がいた。私たちは長城を東から西へとたどることにした。旅費を節約し、長城が築かれたローマ時代の荒野を肌で感じるため、ホテルのカードキーの代わりにテントを携帯した。