メキシコ北西部の半島に暮らすカウボーイたちは、近代化の波や気候変動、新型コロナの影響と闘いながら、数百年続いてきた暮らしを守ろうとしている。
土煙をもうもうと立てながら、荷を積んだラバとロバが囲いに向かってよろめきながら進んでいく。
その後ろから、パリッとしたこぎれいな白いシャツを着た細身のカウボーイが馬に乗って続く。34歳のエレオナリー・“ナリー”・アルセ・アギラーだ。馬が歩くたびに、ブーツに付けられた拍車の音が鳴り響く。ここは、メキシコのバハカリフォルニア半島に連なるサンフランシスコ山地。ナリーの牧場はメサと呼ばれるテーブル状の台地の上にあって、週に3回、生きていくために必要な水を求めて、ラバやロバなどの家畜を連れてメサを下らなければならない。長引く厳しい干ばつのなか、先祖代々の土地で家族と暮らし続けるためだ。
水場はナリーの兄リカルドの牧場にある。水場に着くと、ラバたちは桶(おけ)から水をがぶがぶと飲み、ナリーもビニールパイプから流れ出ている水をたっぷりと飲む。この水は13キロほど離れた山中の泉から引いているもので、人里離れた山地に残る数軒の牧場にとっては命綱といえる。それからナリーは兄の手を借りて、1時間近くかけて20リットル入りの容器をいくつも満タンにし、ラバたちの背に積む。そして再び馬にまたがり、坂道を登り始めるのだ。
ナリーが通うこの道は、300年以上前に造られたエル・カミノ・レアル(スペイン語で「王の道」)と呼ばれる古道の一部で、半島の全域に置かれたスペイン人宣教師の伝道拠点を結ぶ辺境の幹線道路だ。つづら折りの砂利道はすべりやすく、岩場は磨き込まれたようにつるつるしている。一行は順調に進んでいたが、ナリーは道端に倒れて動けなくなっている子牛を見つけて馬を止めた。角をつかんで立たせようとするが、子牛はぐったりとしたままで立ち上がれず、その目は濁っている。おおかた、空腹のあまり毒性のあるものを口にしたのではないかと、ナリーは思った。
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