ローマ劇場には、かつては彫刻で飾られていた、円柱が立ち並ぶプロセニアム(舞台を額縁のように縁取る構造物)があり、また座席はさまざまな社会階層の人々に合わせて3層になっている。

 マングート氏によると、これらの円柱は非常に価値が高かったため、これを盗みにやってきて、天井が落ちたときにそのまま閉じ込められた5世紀の人物の骸骨が発見されているという。盗掘者の手には、倒れた円柱に結びつけた縄が握られていた。発見されたのは1900年代初頭のことだった。

 向かいの国立ローマ博物館では、古典様式を模した高いアーケードの下で、ローマ文化の解説付き展示と約3000点の遺物(収蔵品は5万点)を見ることができる。展示されている遺物には、ガラス、コイン、メデューサの頭をモチーフにした大きな石の円形浮き彫りなどがある。

「ミトレオの家」にある「宇宙モザイク」。神話の登場人物で地と空を表している。(PHOTOGRAPH BY DEAGOSTINI, GETTY IMAGES)
「ミトレオの家」にある「宇宙モザイク」。神話の登場人物で地と空を表している。(PHOTOGRAPH BY DEAGOSTINI, GETTY IMAGES)

 一方、巨大な円形競技場は少し離れたところにある。かつては3万人の観客が集まり、儀式の行列や、ガイウス・アプレイウス・ディオクレスらが戦車レースなどに参加した。このディオクレスという戦車乗りは、20年間のキャリアにおいて、現代の米ドルで150億ドルに相当する収入を得ており、史上最高額を獲得したアスリートということになる。

 円形競技場から少し歩いたところには、近くの泉や貯水池から街全体に水を供給していた4つの水道のうちの3つがある。高さ約24メートルのミラグロス水道橋がもっとも保存状態が良く、花崗岩の切石、煉瓦、コンクリートで作られた優美なアーチが、800メートルほどにわたって伸びている。

 グアディアナ川がカーブする付近にはローマ橋が架かっている。最高の写真をものにするには、9世紀のムーア人が築いた要塞アルカサバの上まで登り、何世紀もの年を経た橋と、遠くに見える、スペイン人建築家サンティアゴ・カラトラバ氏が手掛けたモダンな彫刻のようなルシタニア橋とを並べて画面に収めてみたい。

 アルカサバに隣接し、パセオ・デ・ローマ(遊歩道)に並ぶ住宅の間に挟まれたところにあるのが、モレリアス考古学ゾーンだ。ここには市内最大規模のローマ時代の城壁と、住宅や通りなどの都市構造が保存されている。

9世紀にムーア人が造った要塞アルカサバの床にはローマ時代のモザイク画が残る。(PHOTOGRAPH BY DEAGOSTINI, GETTY IMAGES)
9世紀にムーア人が造った要塞アルカサバの床にはローマ時代のモザイク画が残る。(PHOTOGRAPH BY DEAGOSTINI, GETTY IMAGES)

過去を守り、未来を見つめる

 こうした古代の空間を現代において持続可能な形で利用し、またその保存と研究を行うことは、今日のメリダにとっていちばんの目的であり、挑戦でもある。たとえばローマ劇場は、夏に行われる国際古典演劇祭の舞台となっており、スペインの有名俳優がギリシャやローマの古典劇を上演する。円形闘技場では、毎年恒例のカトリック聖週間の儀式が行われる。秋に行われる大規模な歴史祭り「エメリタ・ルブディカ」では、地元のパフォーマーや住民たちがローマ人の衣装を着け、剣闘士の試合や葬儀、工芸品や食べ物を売る市場など、日常生活のシーンを再現する。

 これらの行事や日々訪れる観光客は、保存活動に必要な資金をもたらす一方で、建造物を劣化させる。メリダに限らず、保存すべき遺跡がある場所に共通する悩みだ。異常気象や、石材を劣化させる微生物や地衣類の繁殖など、環境からのダメージも懸念されている。

 そして、現代の都市の下にはまだ古代の都市が眠っている。メリダで新たに建築が始まるたびに、協会の考古学者たちはそこで発見された遺跡を残らず記録する。彼らが目指しているのは、メリダのインタラクティブなデジタルマップを作成し、観光客が建物や通りをタップして、ローマ時代の様子を知ることができるようにすることだ。

 記録に残された古代の建造物は、ときとして現代の都市生活の中に組み込まれる。たとえば、2棟の集合住宅の地下に、古代の基礎部分が、ガラスの壁の向こうに残されている例もある。

 メリダの住民たちにとって、これは日常の一部だ。「街は先へ進まなければならないと、わたしたちは理解しています」とマングート氏は言う。「すべてを永遠に目に見えるようにしておきたいとは思いますが、それは不可能です。わたしたちはローマ時代の保存と新しい生活を共存させようとしているのです」

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