他の懸念される変異株(VOC)のうち、特にベータ株にも、オミクロン株と同じように抗体を回避しうる変異がある。だが、オミクロン株ほど多くの変異をもつVOCはなく、オミクロン株と同じ組み合わせの変異をもつものもない。
「いくつかの変異が他の変異と協調して働く可能性があります。あるいは、互いに打ち消し合うかもしれません。まだわかりません」。米テキサス大学ヒューストン校健康科学サイエンスセンターの疫学助教授で、人気ブログ「Your Local Epidemiologist」を執筆するケイトリン・ジェテリーナ氏はそう語る。
重要なのは、これらの変異やその組み合わせが、過去のワクチン接種や感染によってスパイクたんぱく質を察知できるように訓練された免疫系を混乱させるのかどうかだ。
「スパイクたんぱく質の形状や構造が大きく変化すると、免疫細胞がウイルスを中和する効果の程度が変わるかもしれません」と、米ベイラー医科大学熱帯医学・感染症学部のジル・ウェザーヘッド助教授は言う。
改良しやすいmRNAワクチン
新型コロナで初めて実現したmRNAワクチンは、それ以外の病原体に対する大半のワクチンよりも改良が容易だ。米エール大学医学部の感染症専門家であり、ファイザー社の新型コロナワクチン臨床試験の治験責任者であるオニェマ・オブアグ氏は、改良には数カ月程度しかかからないだろうと述べる。
mRNAワクチンの有効成分であるmRNAは、ウイルスのスパイクたんぱく質をつくるようヒトの細胞に指令を与える遺伝情報物質だ。mRNAは4種類のヌクレオチドと呼ばれる分子がつながってできている。オブアグ氏によれば、スパイクたんぱく質に生じた新たな変異を標的にするには、いくつかのヌクレオチドを取り除いて新しいヌクレオチドに置き換えるだけでいい。
J&J社のワクチンは遺伝情報のベクター(運び役)にアデノウイルスを使っているため、改良はもう少し難しいかもしれない。しかし、これも基本的には遺伝情報を書き換えればよいのだとウェザーヘッド氏は言う。
多くの遺伝情報が含まれる新型コロナワクチンにおいては変更の割合が小さいため、改良によって新たな副作用が生じる可能性が低いとオブアグ氏は付け加える。「新しいワクチンを作るわけではありません。ワンピースの裾上げをして丈を変えるようなものです」
インフルエンザワクチンの教訓
科学者たちが新型コロナワクチンを改良する上でモデルにするのは、季節性インフルエンザのワクチンだ。世界保健機関(WHO)は毎年2月に、南半球で流行しているインフルエンザのデータと実験室での研究結果をもとに、(約半年後の)次の流行シーズンで主流となるインフルエンザ株を予測している。
認可を受けたワクチン製造企業は、これらの株をターゲットにした改良によって十分な数の抗体が誘導されることをFDAに証明すればよい。各社は少人数の被験者のみで治験を実施すればよく、全く新しいワクチンの承認を得るために必要な大規模な治験を毎年行う必要はない。
2021年2月に更新されたFDAのガイダンス資料では、新型コロナウイルスの変異株についても同様の手順が示されている。このプロセスは、業界では「プラグ・アンド・プレイ」と呼ばれ、ワクチンを改良する企業はあまり多くない人数の被験者(専門家の見通しでは数百人程度)だけで免疫反応を調査すればよい。
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